役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

王宮の石床には、まだ血の跡が残っていた。

倒れた兵は治療のため運び出され、廊下には新たな近衛が立つ。命令は整理されつつあるが、すべてが収束したわけではない。

王宮中庭で、クロトはアレクシオスと向き合っていた。

長い言葉は交わさない。

「貴国には正式な書状を後日送る。これはその前に渡しておく」

封蝋の施された書簡が差し出される。宛名はゼフィーリア国王。

クロトはそれを両手で受け取った。

「確かにお預かりいたします」

それ以上は言わず、一礼する。

アレクシオスもまた、わずかに頷いた。

周囲では兵が走り、命令が飛び交っている。

クロトは踵を返した。

特別師団のみが王宮を離れ、私邸へ移動する。そこはあくまで一時的な滞在先にすぎない。

翌日の夜。

第2班を除く特別師団および第4師団の撤収を確認したのち、クロトと第2班も撤収を開始する。

大国側精鋭が結界を起動した。

足元に魔力の線が走り、円陣が淡く光る。

次の瞬間、景色が変わった。

ゼフィーリア近郊の森。

湿った土の匂い。夜風。遠くで鳴く梟の声。

待機させていた馬へ向かいながら、クロトは通信石を取り出す。

「副師団長クロト・ヴァルハルト。任務完了。これより帰投いたします」

すぐにヴァルターの声が返った。

「了解。損耗は」

「軽傷数名。死亡なし」

数拍の間。

「……巫女が倒れた」

その瞬間、空気が張りつめる。

馬が耳を伏せ、前脚が半歩止まった。

ノインが息を詰める。

ヴァルドの視線がわずかに上がる。

後列の騎士が無意識に手綱を引き直した。

ただ、リーゼだけが動かない。

次の瞬間には、張りつめた気配は消えていた。

「……いつのことですか」

声は低く、揺れはない。

「昨日。結界調整後だ。今は微熱のみ。意識もある」

「問題はない。焦るな。予定通り帰投しろ」

「了解しました」

通信石の光が消える。

クロトは馬に跨った。

第2班も続く。

ノインは副師団長の背を見つめる。何があったのかは分からない。ただ、先ほどの変化は確かにあった。

ヴァルドは口を開かない。

リーゼは視線を正面に戻す。

誰も何も言わない。

蹄が地を打つ。

夜道を進むうち、速度がわずかに上がっていた。

誰も指示は受けていない。

副師団長の馬が、ほんの少しだけ速い。

第2班は黙ってそれに合わせた。

隊列は崩れない。

蹄の音だけが、森を抜けていった。