■ 桜側の視点
本来、私が社交に近い晩餐の席に呼ばれることはない。
得意ではないということは最初から伝えてあるし、異世界から来た巫女が、王族や重臣、名のある貴族が集まる社交の場にわざわざ顔を出す必要はない、という認識で通ってきた。
前回の感謝祭は、社交というよりも一般市民も含めた交流の場に近かった。
だから、あの時は「参加してみようかな」と思えたし、実際、思っていたよりも楽しかった。
ただ、今回は少し事情が違う。
エリアナ様とは、診療所で顔を合わせる機会が多い。
文書業務だけでなく、喘息の管理でも関わってきた。
医療の現場でやり取りを重ねるうちに、自然と接点が増えていた。
その流れで、顔合わせを兼ねた晩餐の席に、私にも声がかかった。
エリアナ様との関係を考えると、今回は辞退しづらかった、というのが正直なところだ。
護衛はリーゼさん。
いつもの診療所や部屋の延長みたいな配置で、それだけで少し気が楽になる。
服装は、巫女として一番格式のある正式なものを選んだ。
これはリエット様に確認しての判断だ。
正直に言えば、難しい作法は分からない。
ダンスもできない。
誰かに話しかけられたら、きちんと応対する。
それくらいで十分だと神殿長にも言われて、私は思っていたよりも、この場の空気を落ち着いて受け止めていた。
王宮の大広間は、柔らかな灯りに包まれている。
正式な晩餐会ではあるけれど、過剰に飾り立てられた印象はない。
王族、重臣、名のある貴族たちが集まり、落ち着いた声が行き交っていた。
私は会場の端に立った。
リーゼさんが、少し後ろに控える。
会場が、わずかにざわめいた。
視線が一斉に扉の方へ向く。
私も、つられて顔を上げた。
彼らが入ってきた瞬間、空気が変わった。
クロトさんは、一番格式の高い騎士服を身に着けている。
余計な装飾はない。
それだけで、十分だった。
その隣を歩くエリアナ様も、国賓としての正式な装いだ。
華やかで、整っていて、この場に立つことを前提にした姿だった。
二人が並ぶと、会場の空気がはっきりと変わる。
抑えた声。
集まる視線。
息をのむ気配。
――なんか、すごい。
ただでさえ目立つ二人だ。
それが正式な装いで並べば、こうなるのは当然だった。
まるで、この場所だけ別の世界になってしまったみたいだ。
絵画の中の人物が、そのまま歩いてきたような。
完成された光景を、遠くから眺めている感じ。
私は、無意識に自分の服に視線を落とした。
巫女としての正式な装い。
必要なものは、すべて揃っている。
でも、あの二人と並ぶと、どうしても現実的だった。
クロトさんとの関係が変わることは、最初から分かっている。
どうせ、女性として見られていないことも、今さらだ。
それでも。
ああやって並ぶ姿を、ああいう形で見せられると、はっきり分かってしまう。
まぁ、私は選ばれる側の人間にはなりえないよね。
それがどういう感情なのか、自分でもよく分からなかった。
エリアナ様は、まず王と王妃のもとへ向かい、丁寧に挨拶を交わした。
続いて王子にも紹介され、その一つ一つが自然と注目を集めていく。
やがて王が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「もし差し支えなければ、この後の舞踏にも参加してみてはいかがかな」
命令ではない。
あくまで場を和らげるための提案だった。
エリアナ様は、一瞬だけ間を置いてから静かに頷いた。
その瞬間、クロトさんの立場が決まる。
護衛として。
そして、貴族として。
音楽が、静かに流れ始めた。
クロトさんが一歩前に出て、形式通りに手を差し出す。
――踊るんだ。
なんか、ちょっとドキドキするかも。
クロトさんが踊るところを見るのは、これが初めてだった。
思っていた以上に、ずっと自然だった。
目立とうとしているわけでもないのに、立ち姿も、動きも、間の取り方も、すべてが整っている。
相手がエリアナ様だから、というのもあるのだろう。
二人の歩幅は、最初から合っていた。
私は少し前のめりになって、その様子を眺めていた。
なんだろう。
この感じ。
知っている人なのに、急に少し遠くなったみたいな。
アイドルのステージを、少し離れた席から見ているような、そんな距離感。
「……すごいですね」
思わず、声が漏れた。
隣にいたリーゼさんが、小さく苦笑する。
「副師団長は、サクラ様の護衛を望んでいたと思いますよ」
誰にも聞こえない、本当に小さな声だった。
私は少しだけ考えてから、頷いた。
「そうですね。
クロトさん、目立つのは好きじゃないですから」
それ以上、言葉は続かなかった。
リーゼさんの言葉には、妙に納得するところがあった。
クロトさんは、誰かに特別な意味を持たれること自体、望まない人なんだと思う。
私は、ただ、その光景を見ていた。
――――――――――
■ エリアナ視点
エリアナは、その一瞬の視線を見逃さなかった。
護衛として、クロトは常に周囲を警戒している。
立ち位置も、距離も、動線も。
どれも正確で、無駄がない。
だからこそ、ほんのわずかな違和感が目に留まった。
周囲を確認する流れの中で、視線だけが、ときおり会場の一角をかすめる。
本当に一瞬で、確認とも言えないほど短い。
探しているわけではない。
気にしているとも言えない。
それでも、なぜか、そこを通る。
視線の先には、異世界の巫女――サクラがいた。
その事実だけで、エリアナは、はっきりと理解した。
ああ、この人は、もう、見つけているのだ。
自覚があるかどうかは関係ない。
選んだつもりも、ないのだろう。
それでも、心の向きだけは、すでに決まっている。
だからこそ、視線が無意識に流れる。
エリアナは、その事実を特別な感情として受け取ることはなかった。
羨ましいわけでもない。
惜しいとも思わない。
ただ、自分とは違うのだと、静かに理解しただけだ。
この人は、見つけた。
自分は、そうではない。
それだけの違いが、確かに、そこにあった。
本来、私が社交に近い晩餐の席に呼ばれることはない。
得意ではないということは最初から伝えてあるし、異世界から来た巫女が、王族や重臣、名のある貴族が集まる社交の場にわざわざ顔を出す必要はない、という認識で通ってきた。
前回の感謝祭は、社交というよりも一般市民も含めた交流の場に近かった。
だから、あの時は「参加してみようかな」と思えたし、実際、思っていたよりも楽しかった。
ただ、今回は少し事情が違う。
エリアナ様とは、診療所で顔を合わせる機会が多い。
文書業務だけでなく、喘息の管理でも関わってきた。
医療の現場でやり取りを重ねるうちに、自然と接点が増えていた。
その流れで、顔合わせを兼ねた晩餐の席に、私にも声がかかった。
エリアナ様との関係を考えると、今回は辞退しづらかった、というのが正直なところだ。
護衛はリーゼさん。
いつもの診療所や部屋の延長みたいな配置で、それだけで少し気が楽になる。
服装は、巫女として一番格式のある正式なものを選んだ。
これはリエット様に確認しての判断だ。
正直に言えば、難しい作法は分からない。
ダンスもできない。
誰かに話しかけられたら、きちんと応対する。
それくらいで十分だと神殿長にも言われて、私は思っていたよりも、この場の空気を落ち着いて受け止めていた。
王宮の大広間は、柔らかな灯りに包まれている。
正式な晩餐会ではあるけれど、過剰に飾り立てられた印象はない。
王族、重臣、名のある貴族たちが集まり、落ち着いた声が行き交っていた。
私は会場の端に立った。
リーゼさんが、少し後ろに控える。
会場が、わずかにざわめいた。
視線が一斉に扉の方へ向く。
私も、つられて顔を上げた。
彼らが入ってきた瞬間、空気が変わった。
クロトさんは、一番格式の高い騎士服を身に着けている。
余計な装飾はない。
それだけで、十分だった。
その隣を歩くエリアナ様も、国賓としての正式な装いだ。
華やかで、整っていて、この場に立つことを前提にした姿だった。
二人が並ぶと、会場の空気がはっきりと変わる。
抑えた声。
集まる視線。
息をのむ気配。
――なんか、すごい。
ただでさえ目立つ二人だ。
それが正式な装いで並べば、こうなるのは当然だった。
まるで、この場所だけ別の世界になってしまったみたいだ。
絵画の中の人物が、そのまま歩いてきたような。
完成された光景を、遠くから眺めている感じ。
私は、無意識に自分の服に視線を落とした。
巫女としての正式な装い。
必要なものは、すべて揃っている。
でも、あの二人と並ぶと、どうしても現実的だった。
クロトさんとの関係が変わることは、最初から分かっている。
どうせ、女性として見られていないことも、今さらだ。
それでも。
ああやって並ぶ姿を、ああいう形で見せられると、はっきり分かってしまう。
まぁ、私は選ばれる側の人間にはなりえないよね。
それがどういう感情なのか、自分でもよく分からなかった。
エリアナ様は、まず王と王妃のもとへ向かい、丁寧に挨拶を交わした。
続いて王子にも紹介され、その一つ一つが自然と注目を集めていく。
やがて王が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「もし差し支えなければ、この後の舞踏にも参加してみてはいかがかな」
命令ではない。
あくまで場を和らげるための提案だった。
エリアナ様は、一瞬だけ間を置いてから静かに頷いた。
その瞬間、クロトさんの立場が決まる。
護衛として。
そして、貴族として。
音楽が、静かに流れ始めた。
クロトさんが一歩前に出て、形式通りに手を差し出す。
――踊るんだ。
なんか、ちょっとドキドキするかも。
クロトさんが踊るところを見るのは、これが初めてだった。
思っていた以上に、ずっと自然だった。
目立とうとしているわけでもないのに、立ち姿も、動きも、間の取り方も、すべてが整っている。
相手がエリアナ様だから、というのもあるのだろう。
二人の歩幅は、最初から合っていた。
私は少し前のめりになって、その様子を眺めていた。
なんだろう。
この感じ。
知っている人なのに、急に少し遠くなったみたいな。
アイドルのステージを、少し離れた席から見ているような、そんな距離感。
「……すごいですね」
思わず、声が漏れた。
隣にいたリーゼさんが、小さく苦笑する。
「副師団長は、サクラ様の護衛を望んでいたと思いますよ」
誰にも聞こえない、本当に小さな声だった。
私は少しだけ考えてから、頷いた。
「そうですね。
クロトさん、目立つのは好きじゃないですから」
それ以上、言葉は続かなかった。
リーゼさんの言葉には、妙に納得するところがあった。
クロトさんは、誰かに特別な意味を持たれること自体、望まない人なんだと思う。
私は、ただ、その光景を見ていた。
――――――――――
■ エリアナ視点
エリアナは、その一瞬の視線を見逃さなかった。
護衛として、クロトは常に周囲を警戒している。
立ち位置も、距離も、動線も。
どれも正確で、無駄がない。
だからこそ、ほんのわずかな違和感が目に留まった。
周囲を確認する流れの中で、視線だけが、ときおり会場の一角をかすめる。
本当に一瞬で、確認とも言えないほど短い。
探しているわけではない。
気にしているとも言えない。
それでも、なぜか、そこを通る。
視線の先には、異世界の巫女――サクラがいた。
その事実だけで、エリアナは、はっきりと理解した。
ああ、この人は、もう、見つけているのだ。
自覚があるかどうかは関係ない。
選んだつもりも、ないのだろう。
それでも、心の向きだけは、すでに決まっている。
だからこそ、視線が無意識に流れる。
エリアナは、その事実を特別な感情として受け取ることはなかった。
羨ましいわけでもない。
惜しいとも思わない。
ただ、自分とは違うのだと、静かに理解しただけだ。
この人は、見つけた。
自分は、そうではない。
それだけの違いが、確かに、そこにあった。

