Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~






 「……マジおもんない」

 気づけば、口からこぼれていた。
扇風機のカラカラという音だけが響く控室。
そらはソファに沈み込み天井を見上げる。

 (おもんない。ほんまに、おもんない……)

 あの日から、啓太朗の姿を一度も姿を見ていない。
 そらは壁のシフト表に目をやる。
明日からお盆の三日間。
啓太朗の名前の横には全て「休み」の印。

「……なんで、この三日間?」

 お盆休み前後は、一年でいちばん人が集まる時期で、
お化け屋敷もフル稼働だ。
だから、そらは当たり前に毎日出勤になっている。
休みの理由もわからないまま、バイトに来ては暗闇でゾンビに明け暮れる。
叫ばれて、笑われて。終わったあとに残るのは、疲れとむなしさだけだった。

(……啓太朗さんのおらんバイトなんて、ただの労働やん)

 当たり前のことに愚痴をこぼし、ため息をつく。
そらは、昼休憩に冷えたおにぎりを片手に自販機の前に佇んでいた。

「黒川? お盆は毎年おらんよ」

 そのとき、近くのベンチから声が聞こえてきた。
そらの手が自然と止まる。

「そうそう、十三〜十五。いつも休みやねん」

「家の都合らしいで。親戚とか集まるんちゃう? 
実家すごいんやろ?」

 缶を開けるふりをして、耳をそばだてる。
ただの雑談なら聞き流せるのに、
啓太朗の名前が出たとたん、勝手に体が反応してしまう。

 休憩が終わっても気持ちは上向かないまま、
そらは午後のゾンビ役をなんとかこなした。
あの人の気配も、声も、笑顔もなかった。
当たり前の現実に気分が深く沈む。
蝉の声が遠くで響いている。
赤く染まりかけた空を見上げて、ため息がもれた。

「……はぁ。おもんない。会えへん」

 口にした途端、胸がきゅっと締めつけられて涙があふれそうで……。
慌てて上を向いたそのとき、「おーい、そら!」 と涼が駆け寄ってきた。

「お疲れー。今日もがんばっとったな、ゾンビ役」

「……うるさい」

「なんや、テンション低いな。さては……」

 涼はニヤリと笑って、そらの横に並ぶ。

「……おもんない。会えへん」

 ぽつりと漏らすと、涼は笑いながら肩を小突いた。

「会えへんって、まだ最後に会ってから一週間もたってへんやん。
休みとかプールのシフトが重なってるだけやろ」

「わかっとるけど……でも会いたいやん。
しかもお盆の三日間、全部おらんねんで? 次いつやねんよー」

「……お前、前遊んだときに連絡先交換したやろ?」

「うん……」

「ほな送れや。『最近お化け屋敷いませんね。プールですか?』
て聞けばええだけやんけ」

「……っ、そっか! その手があったか!」

 会えないことを悩みに悩んで、悲惨な思いを抱えていたのに、
SMSという手があることにどうして今まで気づかなかったんだろう。
 涼が呆れながら笑って言った。

「よし、どんどん攻めろ。お前は推しやで、推し!」

「うん、せやな! 帰ったらすぐ送る!」

 涼の言葉で少し気持ちを持ち直すことができた。
けれど『涼のアドバイス』ってのがどうにも気に食わない。
そらは複雑な気持ちでサンサンパークを後にした。