金木犀の恋歌

今日も好きなアーティストの曲を聴きながら
メロディーを口ずさむ。

「〜〜♫〜〜♫」

クルリと一回転して、玄関の前に立つと、
あたしはイヤフォンを外してポケットにしまう。
この瞬間から、あたしはひとり。
世界から音が消える。

「ただいま」

そう呟き家の中に入るけど「おかえり」なんて
帰ってこない。

この家では普通のことだ。
だけど……。

扉の隙間から中学生の妹、夢華(ゆめか)
楽しそうに笑い、両親がにこやかに彼女を見つめる
光景が見えて思わず立ち止まる。

あの輪の中にあたしも入れたら……
幼い頃はそう思ってた。

だけど今は違う。
もう、そんな馬鹿げた思いなんか
とっくに捨ててる。

世界一の歌い手になって、家族を見返してやりたい!

あたしの願いはそれだけだ。

「歌い手になりたい?馬鹿げたことを言うな!」

将来の夢を告げた時のお父さんの声が
脳内にリフレインする。

「それだけで稼いでいけると思ってるのか!?」

そんなこと分かってる。
だけど、自分の夢を仕事にしたいって
思うのは、怒鳴られるようなこと?
バカにされるようなこと?

天馬の今にも泣きそうな歪んだ表情。

「バカらしい」

その音が一瞬であたしを暗闇に堕とす。

「……は?」

「バカらしいって言ったんだよ。
大体、音楽だけで売れるって思ってるの?」

天馬が言った言葉の意味がわからなかった。

「……何、それ」

「あ、いや、違」
ハッとしたように口を押さえる天馬に
あたしの中の何かの糸が焼き切れた。

「もういいっ!!」

天馬、その優しさも嘘だったの?
あたし達、友達なんじゃなかったの?

あたしの味方は天馬しかいなかったのに。

酷い。
その笑顔も、優しい声音も、金木犀の香りさえ
全部、全部、全部!!

フィクションだった。

天馬の控えめな性格も可愛い顔も
誰かと向き合って話す時はいつも笑顔をたたえて
話す貴方が、好きだったのに。

そのショックから何日も学校を休んだ。
お母さんに怒られたけど、無視してやり過ごした。
ベッドに潜り込んだまま、朝も昼も夜も
わからなくなって、ただひたすら音楽を聴いていた。

その時のあたしには音楽だけが唯一の味方だった。

でも、天馬は本当にあたしをバカにしてたの?
何か言いたげだったその瞳が消えてくれない。

モヤモヤした気持ちを抱えたまま、
お父さんが転勤することになりあたし達家族は
引っ越すことになった。

天馬、あの時何を言おうとしてたの?
車の中でもずっと、彼のことを考えていた。

あたしだけを置き去りにして時が駆け抜けていく。