金木犀の恋歌



今日も彼女の歌声を聴きながら、香野さん、いや
彩華ちゃんの横顔を見つめる。まるで女神のようでキラキラとした光を纏っているような
そんな錯覚がした。

「今の、どうだった?」

歌い終わり、目を輝かせて聞いてくる彼女に
本当に歌が好きなんだなと苦笑いを浮かべる。

「前よりもっと上手くなった気がする」

素直に告げると彼女は更に表情を明るくして
「やったぁぁっ!」と抱きついてきた。

「う、うわっ」

女の子に免疫のない僕。
変な声を出してしまった。

彩華ちゃんは体を離し花のような笑みを浮かべる。
そんな彼女に胸を締め付けられるような、でも
ふわふわとした感覚になる。

未だドキドキする胸を押さえて
この音が彼女に届いてませんようにと願う。

「てか聞いて!YoouTubeにアップした
歌ってみた動画、50万再生いったの!!」

まさかの言葉に目を見開く。

「え!!すごいじゃん!おめでとう!!」

50万回再生は彼女が目標にしていた再生数だ。
それを達成するなんて……自分のことのように嬉しい。

けど。

仄暗い感情も胸に渦巻く。
ミュージシャンだった父がビールの空き缶を
テーブルの上に何個も並べて
リビングで寝ている光景。
音楽への嫌悪感。

彼女は歌い手になりたいと言った。

彩華ちゃんの歌声は透明感のある綺麗な歌声で
充分歌い手になる素質はあると思う。
僕も彩華ちゃんの歌声は好きだ。

だけど。

自分の嫌いな音楽を彼女が選ぶことが嫌で
こんな最低なことを言ってしまった。

「ねぇ、彩華ちゃん。
君は歌い手になりたいんだよね?」

「え? うん、そうだよ」

「でも、やめたほうがいいんじゃない?」

「……え? 何言ってんの?
今まで応援してくれてたじゃん」

困惑したような彩華ちゃんの顔から目を逸らした。
彼女は父じゃないのに、父と彼女が重なって見えた。

「バカらしい」

「……は?」

「バカらしいって言ったんだよ。
大体、音楽だけで売れるって思ってるの?」

勢いに任せて父への呪詛を吐いてしまったことに
気づき慌てて口を押さえるけど遅かった。

「……何、それ」

「あ、いや、違」

「もういいっ!!」
彩華ちゃんが勢いよく立ち上がる。
その瞳に浮かんでいるモノに息を呑んだ。
零れ落ちそうな感情の雫が海のように
揺らめいていたから。

「天馬は、今までずっとあたしを
バカにしてきたんだね。心の中で嘲笑ってたんだ。
……友達だと思ってたのに、信じてたのに……」

「バカにしてなんかないよ!」

「じゃあさっきの言葉はなんだっていうの!!
言い訳なんかしないでよ。
……じゃああたし帰るから」

「ち、ちょっと待ってよ、彩華ちゃん!!」

彩華ちゃんは1度もこちらを振り向かずに
扉を閉めた。
その後、彼女は学校に来なくなり、
ついには転校してしまった。

音楽は嫌いでも、君の歌声は好きだった。
君が好きだった。

その言葉を伝えられずに、
僕は今でも君の面影を探し続けている。