金木犀の恋歌


僕の父は売れないミュージシャンだった。

元々音楽活動に反対していた母は
稼ぎもなく、休みの日は酒ばかり飲んでいる父に
声を荒げていた。

「いい加減ミュージシャンなんて
辞めて真っ当に働いてよ!!」

皿が割れる音が響き、6歳の僕は襖の向こうを
振り返る。

「うるせえな!!音楽は俺にとって命なんだよ!!
売れてなくても音楽がなかったら
生きていけないんだよ!!」

「じゃあ副業でもして稼いできてよ!!
わたしだけの貯金でやりくりするのは限界なの!!
こんな風に飲んでばかりいないで少しは
家庭のことも考えてよっっ!!!」

嗚咽が部屋まで響いてきて悲しくなったのは
今でも覚えている。

僕は父が作詞した楽譜を握りしめて
なんでお母さんはそんなにも怒ってるのだろうと
呑気に考えていた。

その頃は母がどれだけ追い詰められていたのか
分かっていなかった。

それからすぐに両親は離婚し、
僕は母に引き取られた。

しばらくは平穏な日々が続いていたが
僕が小学6年生になり、母に恋人ができると
その日常は崩れ去った。

段々と食事を作ってくれなくなり、
家にも帰ってこなくなって。

学校でもらったプリントは溜まっていくばかりで
家にかかってくる担任からの電話には
いつも僕が出ていた。

暗い食卓でひとり、孤独感を誤魔化すように
テレビの中のお笑い芸人の陽気な笑い声を聞きながら
カップラーメンばかりを食べていた。

音楽番組に切り替わると僕はいつも
チャンネルを変える。

父のせいでこんなことになった。

そんな思いが沸々と込み上げて
苦しくて、痛くて、憎々しくて。

音楽なんか嫌いだ。

そう思っていたのに、
大嫌いなはずなのに、どうして
香野さんの歌は嫌いになれないのだろう。

窓の外から、秋の香りが漂い、
香野さんの歌声が聞こえてくるかのようだった。