レイモンドは、セオドリックの背中に漂う、隠しようのない不機嫌なオーラを察知した。
本来、公爵位は王族に連なる者にしか許されない。それを無理やりねじ込み、アシュクロフトを『侯爵』から『公爵』へ引き上げ、自分と対等の座に据えようとしたセオドリック。
それを「兄たちが正当に家名を継げれば、俺はそれでいい」と、実務的な理由で切り捨てられたことへの、あまりにも子供じみた抗議だ。
「……お前、まだそんなことを言っているのか、セオドリック。仕事しろ」
「ああ、やっと来たんだね、レイ。……ミレイがうるさくて困っていたんだ。君がいれば、ようやくこの部屋に静寂が戻る」
セオドリックは顔を上げず、冷ややかに、しかし執着を隠さずに告げた。
「僕の右手は、君の右腕を守るために無理をさせすぎたからね。……まだ、少しだけ感覚が鈍いんだ。……ねえ、そうだろう?」
セオドリックが、自身の右手に隠された『不可視の指輪』に意識を向けた。
その瞬間、レイモンドの右腕に、トクンと熱い拍動が走る。
「――っ!?」
反射的に右手に込めた力が制御を失い、持っていたペンがパキリと音を立てて二つに折れた。バチリと散った小さな火花に、ミレイが「ひゃっ!」と声を上げて飛び退く。
「もう! 副会長ったらどうしちゃったんですか! ほら、予備のペンです。今日はその書類の塔を半分にするまで、帰しませんからね!」
ミレイが膨れっ面で新しいペンを差し出す。そのやり取りは、かつての日常と変わらないはずなのに、今のレイモンドには、右腕を通じて流れてくるセオドリックの魔力が、目に見えない鎖のように感じられた。
「……わかったよ。やる。やればいいんだろう」
レイモンドは予備のペンを受け取り、山積みの書類に向き直った。
背後で、セオドリックが満足げに本を置く気配がした。
裏切り者。英雄。そして、誰よりも面倒な『学園の王者』の半身。
激動の果てに辿り着いたこの騒がしい日常は、あまりにも眩しく、そして逃げ場のないほどに温かかった。
