思考を止めれば、かつての記憶が雨音に混じって溢れ出しそうになる。それを、レイモンドは必死に押し殺していた。
暗闇の古文書室で、琥珀色の灯火を分かち合った安らぎ。
街でベニエを頬張り、世間知らずなセオドリックの世話を焼いた、あのもどかしくも愛おしい午後。
地下礼拝堂で『悪魔』に魅入られ、逃げ場を失った絶望さえも、今の孤独に比べればどれほど幸福だったことか。
――その時、重厚な扉が開く音が、雷鳴の合間に低く響いた。
「――レイ。まだ仕事を続けているのかい?」
廊下の明かりを背負って入ってきたのは、セオドリックだった。
彼は迷いのない足取りで近づくと、レイモンドの肩にそっと手を置く。その長い指先の熱が、制服を透かして、レイモンドの肌を焼いた。
「……明日が本番だ。完璧を期したいだけだ」
レイモンドは顔を上げず、努めて淡々と答えた。
だがセオドリックは、逃がさないと言わんばかりの強さで、レイモンドの右手を机の上から引き寄せた。
袖口が滑り、醜い痣が白日の下に晒される。
「……この痣、まだ治っていないのかい?」
セオドリックの碧い瞳が、レイモンドを射抜く。
「……気づいて、いたのか」
「もちろん。君の変化に、僕が気づかないはずがないだろう?」
セオドリックは、咎めるどころか、ひどく穏やかに微笑む。
「君が言いたくないようだったから、今日まで黙っていただけさ。……だって僕は、君を信じているからね」
