レイモンドは顔も上げずに答えた。
一方は帝国屈指の公爵家嫡男、もう一方は十年前の不祥事で爵位を剥奪され、泥を啜るようにして生き延びた没落貴族の末子。
本来、言葉を交わすことさえ不敬とされる身分差だが、この閉ざされた執務室において、レイモンドはセオドリックの唯一の『毒舌家な側近』として、誰よりも対等に、そして冷淡に振る舞っていた。
「ふふ、相変わらず手厳しいね。だが、君にそうして叱責されるたびに、僕は自分が、一人の人間としてここに在るのだと実感できる」
セオドリックは椅子から立ち上がり、優雅な足取りでレイモンドの背後に回った。そのまま、拒絶を許さぬ重みでレイモンドの肩に手を置く。
その細く長い指先には、代々の生徒会長にのみ帯用を許される、銀碧の『学園守護の指輪』が嵌められていた。学園全域に張り巡らされた多層結界を統御し、その心臓部へとアクセスするための、魔導権威の象徴だ。
「……離せ。計算が狂う」
「嫌だと言ったら? 君は僕の親友だろう? 来るべき記念祭……七月七日の日、僕は全帝国民の前で新時代の幕開けを宣言する。その時、僕の隣にいるのは君だ。……約束だよ、レイ」
セオドリックの熱を帯びた声が、レイモンドの項を撫でる。
この男は、本気なのだ。レイモンドが没落貴族の特待生という影の身分であることなど、彼の眩しすぎる善意の前では無価値に等しい。
セオドリックは、自らの光でレイモンドを焼き尽くし、永遠に自分の隣に繋ぎ止めることを義務だと信じて疑わない。
その無垢なまでの信頼に、レイモンドは胃の奥が焼けるような錯覚を覚えた。
「……ああ。……わかっている」
嘘ではない。だが、その数時間後。
セオドリックを見送った後の寮の自室で、レイモンドの日常という名の薄氷は、音もなく砕け散ることとなった。
