「……やめろ、触るな。俺は行かないと言って――」
「あ、そうだ。テニスの後は、女子部特製のハーブティー・パーティーもありますよ! 会長が最高級の茶葉を差し入れてくださったんです。『副会長を最高の香りで包んであげてくれ』って!」
まさに完璧な包囲網だった。
彼らが向けてくるのは、一点の曇りもない好意だ。だからこそ、レイモンドは彼らを追い払うことができない。
善意を向けられ、それに答えられない自分こそが悪であるかのような錯覚。それは、常に正しくあろうとする彼にとって、耐え難い苦痛だった。
「……っ、先に行け。後で……後で行く」
「本当ですか? 約束ですよ! 逃げたら会長に報告しちゃいますからね!」
嵐のような一団が去り、ようやく静寂が戻る。
だが、心は穏やかではなかった。学園のどこへ行っても、善意の監視役が潜んでいる。
食堂に行けば健康食を押し付けられ、中庭に行けば談笑の輪に引きずり込まれた。
「……あいつ、俺を殺す気か?」
これは休息などではない。逃げ場のない殲滅戦だ。
ならば、やるべきことは一つ。
敵の本陣――あの青白い封印に守られたデスクを奪還し、安息を取り戻す。
レイモンドの瞳に、かつての魔導具製作の名門・アシュクロフト家としての、執念深い火が灯った。
