「ただの寝不足だ。お前が夢想を垂れ流すたび、それを現実に繋ぎ合わせるための術式を組むのは俺なんだ。理解しているなら、さっさと座れ」
「理解しているとも。君がいなければ、僕の理想はただの砂上の楼閣だ」
セオドリックは、レイモンドの手に握られた羽ペンを、優しく、けれど抗いようのない強さで取り上げた。
レイモンドは、不愉快を剥き出しする。
「……何の真似だ」
「レイ。君は今すぐ鏡を見るべきだ。今の君は、アシュクロフト家の再興を語る賢者のそれじゃない。過労で倒れる一歩手前の、囚人の顔だよ」
「大げさだ。公爵家の連中は、他人の体調にまで首を突っ込むのか?」
「生徒会長として言っているんだ。僕のせいで君が倒れるのを黙って見過ごせるほど、薄情な人間じゃないからね」
とはいえ、どれほど「休め」と言葉を尽くしても、レイモンドは仕事を手放さないだろう。
彼は自分の価値を、実務をこなす量でしか測れないところがある。没落した家門の誇りを、自らの有能さで贖おうとしているのだ。
(言葉では届かないか。ならば――)
「レイ、午後の予定をすべてキャンセルしてくれないか」
「はあ? 正気か。来期の奨学金枠の選定が――」
「それは僕がやる。あるいは他のメンバーに振り分ける。君に必要なのは書類のインクではなく、太陽の光と、良質な睡眠だ」
セオドリックは、自分自身の正義に誓った。
友人に休息を与えるためなら、僕はいくらでも非道な独裁者になろう。
「……勝手にしろ」
レイモンドは不貞腐れたように予備のペンを掴み直したが、セオドリックにはその仕草さえ微笑ましく映った。
(大丈夫だよ。君が倒れる前に、僕が君を捕まえてあげるからね)
セオドリックは、窓の外に輝く冬の太陽を見上げ、苛烈なまでの善意を燃え上がらせていた。
