ガタンゴトンと、カラダを揺らす電車のリズム。これはきっと全国共通だろう。
心地よいな。と思う。
ほんの半年前までは、埼玉に住んでいたわけで。東京ほどではないにせよ、朝の通勤通学の時間帯には相応に満員電車の洗礼を受けていた。あの鮨詰めの中にあっては、電車が鉄道を鳴らすリズムに癒される余裕などありもしない。見知らぬ誰かの背中に押しつぶされながら、早く到着してほしい。そればかり願っていたものだ。
電車がトンネルに入った。漆黒になった車窓に映るのは、ドア付近に立っている私の姿だ。
“ツナギ”を着ている。
この服装で高校へ通っているのである。
イメージでいうと、飛行機だとか自動車だとかの整備士さんの格好に近いだろう。
なぜ、麗しのJKがそんな無骨なスタイルで通学しているのかというと、これが制服だからだ。
2ヶ月前に、私が編入学した開明社高校。
製糸業で財を成した実業家たちが資金を出し合って建学した私立校で、中高一貫の女子校としては100年以上の歴史を誇っている。
そんな我が開明社であるが、制服に関しては少し風変わりな規則がある。
登下校時と校内とで着用する制服が異なるのだ。
校内用は紺色のジャンパースカートで、品の良いロングスカートに学年ごとに色の異なるボウタイを合わせた、いかにも私立女子校といった感じの落ち着いた雰囲気の制服である。
そこに打って変わって、登下校の際にはカーキ色のツナギに姿を変えるのだから面白いものだ。
これには歴史的な背景がある。遡ること80年前。太平洋戦争時の日本は国家総動員法に基づく学徒勤労動員によって、10代の少年少女たちまでもが軍需工場で労働の任に就いていたのである。それは開明社の女学生たちも例外ではなかった。ただひとつ異なるのは、彼女たちはいわゆる“もんぺ姿”ではなく、学校が支給したツナギを着用して働いたということ。
油まみれになる職場である。仕事終わりにはツナギを回収して、まとめて一度に洗濯した。そうすることで、できる限り女学生たちの負担を減らそうと考えたのだ。
それが、戦争によって青春を奪われてしまった少女たちへの、大人達ができるせめてもの心遣いだったのだろう。
つまり、このツナギ姿での登校は、先人たちの苦労を忘れぬことと戦争への戒めが込められた情操教育の一環と言えるのだ。
──などと、堅苦しい“いわれ”があるものの、私はこのツナギ制服。嫌いじゃない。
というより、むしろ好きだ。
動きやすいし、暖かいし。何より、意外と可愛い気がする。
当初懸念していたトイレの心配も、ウエストファスナーが付いていることでクリアされており、何かと痒いところに手が届いているのも好印象だ。
電車がトンネルを出た。
飛び込んできた光によって私の姿は消え、代わりに眼前に広がるのは守矢市の街並みだ。
守矢市は人口5万人ほどの街で、県下最大の湖である守矢湖を中心に据えた高原湖畔都市である。
高層マンションが数える程度に建っている以外は、背の高いビルは見当たらず、都会の喧騒とは無縁の街である。
けれど、小規模ながらショッピングモールも存在し、公共交通をはじめとした都市機能を効率的に配置してある点はコンパクトシティと呼んで差し支えないものだろう。
さらに、太平洋戦争において空襲の被害をほとんど受けなかったことにより、明治・大正期の歴史的建造物が多く現存している。これは特に私が気に入っている点だ。休日に古い街並みを訪ねてぶらりと散歩するだけでも楽しいから。もっとも、それは私がよそ者だからこそ。と言えるかもしれないけれど。
「まもなく、開明社前~。開明社前~。お降りのお客様はお忘れ物なきよう──」
到着だ。
車内アナウンスを聞き、ツナギ姿の生徒たちがほぼ同じタイミングで立ち上がる。
そして降りるドアの前で列をなしている彼女たちの最後尾に、私もまたそそくさと並んだ。
*
「もう1月も後半ね。冬休みを挟んだりしたけれど、あなたが開明社に編入してから2ヶ月になるわ。どうかしら。学校生活にはもう慣れた?」
パチッ!と乾いた音が響いた。
ストーブに焚べられた薪が弾けたのだ。
開明社高校には校舎が2種類ある。明治時代に建てられた旧校舎と、平成に新造された新校舎だ。
新校舎の方は特に面白みのない、近代的ではあるけれど実に学校然としたハコモノである。
それに対して旧校舎の趣深さはため息が出るほどだ。赤い屋根瓦と白漆喰の壁が特徴的な擬洋風建築の校舎で、守矢市の街を見下ろせる小高い丘に、まるで絵本の挿し絵のように佇んでいる。
県の指定文化財としての登録も将来的には実現するそうで、そうなれば旧校舎を教育現場で使用することはなくなるという。
こういった歴史を感じさせる建物が好きな私にとっては、文化財への登録前に生徒として通うことができたのは実に幸運だったなと、しみじみ思う。
私はいま、その旧校舎の校長室にいる。養護教諭の先生とふたりきりで。
もちろん、ツナギではなく校内用の紺色のジャンパースカートの制服姿だ。
「はい。だいぶ慣れてきたと思います。私、歴史が好きなので。旧校舎にいるだけでなんだかワクワクするんです。部活にも入りましたし」
校長室といっても、校長先生は新校舎に移っているため、旧校長室は専ら生徒との面談に使われている。そのため『尋問室』などと言う異名が付けられているくらいだ。
主に、ちょっと問題のある生徒の指導のため……であるが。私の場合は非行を咎めるためではなく、転校理由ゆえである。
「歴史研究会ね。今年は文連週間の中心といえるかも。やりがいがあると思うわ」
「文連週間……ですか?」
「あぁ、タンビスキーさんは初めてよね。そうねぇ……また部長さんにでも聞いてみて」
そう言うと、私と向かい合って座っている先生は薄い資料をテーブルの上に置いた。
「一応ね。円阿弥高校から、調査報告書が届いてるの。あなたも目を通した方がいいと思って」
──円阿弥高校。
その言葉に、私の心臓は音を立てて跳ね上がった。
私が半年前まで通っていた埼玉の高校だ。
パキッ!と薪の弾けた音が響く。
「報告書……」
「そう……言いづらいけれど」
先生は言葉選びに苦慮しているようで、ひと息ふた息と間を置いてから私に告げた。
「いじめ。についてよ」



