「リリア~。ついに尻尾つかんだぞコラ。やっぱお前、夜遊びして……って誰だそりゃ!?」
さすがのセイちゃんも驚愕していた。
それもそのはずだ。
私が人を背負って帰宅したのだから。
そう。あの時、湖の上で私は決心した。ちーちゃんを私の家に運ぶと。
「セイちゃん、ごめん。後で話すから。今は何も聞かないで……お願い!」
いくら体重の軽い女の子といえど、人ひとりを背負ってきたのだ。
私は汗にまみれて、息も絶え絶えである。
そんな私の必死の形相と、苦しそうに喘ぐちーちゃんを目にしたのだ。セイちゃんは困惑しながらも意を汲んでくれた。
「ちーちゃん、ベッドに寝かせてあげるからね。頑張ったね。大丈夫だからね」
「リリア、ちょっと待て。親父の部屋を使えよ。ベッドもデカいからその方がいい」
「……いいの?」
「どうせ空き部屋なんだ。問題ねえよ。タオルとスポドリ用意してやっから。早く寝かせてやれ」
私はセイちゃんに言われた通り、叔父さんの部屋にちーちゃんをおぶって入った。
確かに大きいベッドだった。キングサイズはゆうにありそうだ。
私はちーちゃんを降ろし、そっと仰向けに寝かせた。
「ちーちゃん……」
古代ギリシャの少年のような強いウェーブのかかった髪の毛。いまは汗で濡れたそれを、私は手で避けて額を露わにし触れてみる。熱い。異常なほどに。
「タオル持って来たぞ。スポドリと水もな」
セイちゃんが両手にバスタオルと大きめのフェイスタオルを何枚も抱え、肩に提げた大きなエコバッグにスポーツドリンクと水を入れて持ってきてくれた。
「早いとこ服脱がせて、汗拭いてやれ。俺はそこのコンビニで着替え買ってくるから」
「脱がせるって……私が?」
「当たり前だろ、モタモタすんなよ。可哀想じゃねーか」
「そうだけど……ねぇ、セイちゃんがやってくれたりとか……だって私がハダカ見ちゃダメでしょ……」
「はぁ?俺の方がダメだろ。男だぞ俺は。わけわかんねーこと言ってんなよ。ほら、さっさとやれって」
そう言ってセイちゃんはリビングへ向かった。
部屋には、私とちーちゃんだけが残されている。
そうだ。こんな時に何を呆けた事を言っているのか。私は邪気を払うつもりで、自らのほっぺたを強めに叩いた。
「えと……ちーちゃん。体、拭いてあげるからね」
私はちーちゃんの両肩に手を置き、彼女の華奢な上体を起こした。
「ごめんね。脱がせるよ……」
白い着物と襦袢を脱がせると、その下には白いインナーを着ていた。袴の帯を解けば、こちら同様。下にレギンスを着用している。このインナーのおかげで、多少なり汗が蒸発してくれていたようだ。
カラダに張り付くような化繊生地のインナーだ。だから脱がさずともわかる。とても痩せている……切なくなってしまうほどに。
ふと、両手にはめられた白い手袋が目についた。
────やめて!
先日、強く拒絶された際の光景が一瞬フラッシュバックする。
もしも彼女が受け答えのできる状況であったなら、きっと手袋は取らないでほしいと望むだろう。
だが、インナーを脱がすのに邪魔になってしまう。それ以上に、手袋は泥汚れが付着してしまっていて清潔とは言い難い。
だから──
「ちーちゃん、ごめん。いまは許して」
返事はない。ただ、私にもたれかかる彼女の呼吸の荒さが増したような気がした。それが今の彼女にできる精一杯の拒絶なのかもしれない。そう思ったが、断腸の思いで手袋を外してゆく。
まずは右手。
汗でじっとりと濡れてしまったその手袋。手のひらを上に向けた状態で、私はスッと取り外した。
「え……なに、これ…………」
普通。人間の手のひらには、手相がある。指紋がある。ふっくらと柔らかな肉の凹凸がある。
────それが無いのだ。ちーちゃんの手のひらには。
私の脳は引き出しを片っ端から開けていた。今しがた目撃した“異形”に見覚えがあったから。
そうだ。この不気味な光沢を帯びた樹脂のような皮膚は──
「火傷…………?」
*
「ただいまー。おう、リリア。これ、着替えな。下着だけだけど。寝巻きはお前貸してやれよ?」
マンションの向かいにあるコンビニで、セイちゃんが下着を買って戻ったのだ。
ちょうど“外出”しようとした私と玄関で鉢合わせた形である。
「……セイちゃん、あのさ。すぐ戻るから……その間、彼女を見ててくれる?」
「は?なに言ってんだ……って、どこ行くんだよ!」
私はセイちゃんを一瞥もすることなく玄関を出る。頭の中は怒りで埋め尽くされていたからだ。こんな状態では、あらぬ方向に吐き出してしまう。だからこそ行かねばならなかった。
タクシーはもう呼んである。行き先も伝えてある。それは
────酒巻酒造だ。



