今日は随分と気温が高い。一月の終わりだというのに、まるで秋みたいだ。
それゆえに、私はサロペットデニムにボアフリースを合わせたラフなコーデで繰り出している。合流した佐々さんからは、学校以外でもツナギを着ていることをツッコまれた。そこで私ははじめて自分がツナギの虜になっていることに気づいたのだった。
そんな佐々さんはというと、細身の黒パンツに藍染のセーターにマフラーという、これまたラフな格好である。とはいえ長身でとてもスタイルがいいので、気取った格好でなくとも、ただ歩いているだけで自然と目を引いていた。
「叱られちゃったねぇ、ふたりして」
「まぁ……佐々さんのせいだが?」
私たちはいま、守矢市にあるショッピングモール『コクーン』にいる。
コクーン(繭)の名が示す通り、この商業施設もまた生糸で財を成した実業家の一族が経営する企業により管理運営されている。
私もよく足を運んでいた関東圏のショッピングモールに比べたら大分こじんまりしているものの、テナントは国内外の大手ファストファッションブランドから、老舗の豆腐屋さんまで多彩な顔ぶれが並んでおり、飲食店やカフェなども含めると人口5万人足らずの街にあっては十分すぎるほどだ。日曜であってもそこまで混みいっておらず、ゆったりと買い物を楽しむことができるため、家族連れのみならずカップルにも人気のデートスポットとなっている。
「あははっ。なんだよ、タンビスキーくん。けっこう楽しかったろ?ふたりのデートを尾行できてさ」
「それな。ドキドキしたよね」
「まぁ、相手が男の子だとは思わなかったけどね。それも美少女以上に美少女な男の子だなんて。キミの従兄弟は妖怪の類かな?」
「そこだよね。初々しいふたりの男の子がさ。それも片方は美少女な男子だよ?エグない?並んで歩いてるうちに手が触れちゃったりしてさ。どちらともなくチラっと相手を見るんだけど、視線が交わることはないの。意識すればするほど、やがて会話も少なくなっていっ────」
「ちょ。タンビスキーくん、めっちゃ早口。落ち着いて?」
あの後。
佐々さんに「ウチの従兄弟がご迷惑を……」と謝罪の電話をかけたのだが、それどころではない。彼女から提案されたのは「デートを尾行しよう」という悪趣味なものだった。
私は無論……快諾した。
200%興味しかなかったからだ。
それに正直なところ、どうにかして気分を晴らしたいという思いがあった。
あの子とは……ちーちゃんとは、もう二度と会うことはない。会うことはできないのだから。
そう。どれだけ後悔したところで、結果は変わらない。だからいつまでも沈んでいたところで何にもならないのだ。
このまま元気のない素振りを続ければ、周囲の人に無用な心配をかけてしまう。それも避けたかった。
そんなわけで、悪友とふたり。身内のデートをツケ回すという外道に手を染めたのである。
まずはスタイルから入ろう。
とうことで、キャップとサングラスとマスクという、組み合わせれば怪しさしか醸し出さない3点セットの着用を義務付けるという縛りプレイを各々に課し、ミッションはスタートした。
──結果から言うと、普通にバレてセイちゃんのお叱りを受けたのだが。
*
「ガチのデートじゃねえよ。狂言だ狂言。デートごっこだよ」
正座して反省する私たちを見下ろしながら、セイちゃんと弟くんはことの真相を話してくれた。
曰く。
佐々さんの弟くんは、他校の女子生徒から言い寄られて困っていたという。
弟くんは生来、優しい性格の子なので、強く断ることができないでいるとズルズルと向こうのペースに持って行かれてしまい、外堀を埋められつつあった。
そんな日々が続いたことで、思い患って元気を無くした弟くんに声をかけたのがセイちゃんだった。
セイちゃんと弟くんは”おな中“であるが、クラスも違えば部活も違うため、面識はなかった。ただ、薙刀部での道着姿のセイちゃんを見かける度に「綺麗な女の子だな」と甘酸っぱい感情を弟くんは抱いていたという。ゆえに、セイちゃんが手を差し伸べてくれた際に“男の子”だと知った時の衝撃はパラダイムシフトが起きるほどであったという。
「つーわけで。俺はこいつの彼女のフリしてんだよ」
*
それが今回のデート事件の真相。
こうしてデートしている姿を積み重ねていけば、やがて誰かの目に留まり、件の女子生徒にも伝わるだろう。という魂胆らしい。
そんな回りくどいことせずとも、キッパリ“お断り”すれば良いのに。とも思ったが、拒絶される痛みというものも……確かにわかる。
だからきっと正解などないのだろう。
けれど、14歳のふたりが不器用ながらも考えて行動している姿を見れたことは微笑ましく、大好きな従兄弟の新たな一面を垣間見れたことに私は満足していた(女装姿も見れて大満足だ)
罰として、今後は私の持っている服全てを自由に使用できる権利をセイちゃんに与えてしまったのだが……。
わかったら邪魔すんなよ?と釘を刺し、セイちゃんと弟くんはデート(ごっこ)を再開した。
少しずつ遠ざかってゆくふたりの背中は、まるで初々しい本物の恋人同士のように私には見えた。
「ちゃんとカップルしてるじゃないか。とても演技してるようには見えないけど。ね、タンビスキーくん?」
「んふっ。ほんとにね」
どうやら佐々さんも同じことを考えていたようだ。
「さてと。タンビスキーくん。このあと予定は?」
「帰って寝るだけ。夜まで……あっ」
── 月が出るかもしれないから。
そう言いかけて、言葉を飲み込んだ。
当たり前のように考えていた。月夜には……25時には湖の上に行くのだと。
もう終わったことだ。そう自分に言い聞かせていたはずなのに。
私はほぼ無意識に、肩に提げている本革のサコッシュに手を入れた。
気づけば、ベイプが口元にある。
一連の動作が私の思考を無視したAIアシストで行われているようで少し不気味に思う。けれど正解だ。
くるしゅうない。と心の中でつぶやきながら、私はベイプを吹かした。
「相変わらず、ヤニカスだね。タンビスキーくん」
「これタバコじゃないんだがー?」
「では一服したところで、私たちも行こうか」
「え?行くってどこに?」
「ご飯。お昼まだだろう」



