厨房魔導師は今日もトラブる――異世界『食堂のおばちゃん』もとい、おねえさん

 『異世界』は食事がとんでもなく美味しいらしい。
 召喚・転生、その他諸々により『異世界』の事情が持ち込まれることの増えたこの大陸の国々の間には、そんな噂がそこはかとなく囁かれていた。
 そうなると

「食べてみたい」

 人々がそう思うのは当然である。
 そしてこうも思った。

「召喚されてきた人間は、特殊なスキルを持っていることが多い。ということは、料理が出来る人間を召喚すれば、その食事に追加効果が付与されるのでは?!」

 あまりにも都合のいい妄想である。しかし、食に対する欲というのは非常に強い本能によるものだ。

「これは、いっちょ試してみるしかない!!」

 力のある人物がそう言い出して貴重な魔石をたんまりと使って召喚術を行った結果――そこに、1人の女性が現れたのだった。


 ***


 ――え? え? なに? なにここっ?!
 周囲を取り囲んでいる人々の着ている服は、ファンタジー系ゲームのコスプレのよう。髪の毛の色も目の色もカラフルで、目がチカチカしそうだ。
 これは夢だ、夢に違いない、と頬を抓ってみるけど激しく痛い。周囲からは、隠し切れない好奇心と、なにかを期待しているような視線が遠慮なしに突き刺さってくる。慌てて周囲を見回す。が、さっきまで一緒だった人はいない。私一人だった。

 ほんの数分前。仕事場(カフェ)から帰る途中だった私は、道の先の路地から青白い光が漏れているのを見つけた。そこに街灯などはないことを知っているから、強い違和感を覚える。普段は暗い道なのに、今日は煌々と明かりが灯っているように見える。
 ――なにか撮影でもしているのかも?
 興味を惹かれて覗いてみようと小走りに近付けば、そのタイミングで道の奥から助けを呼ぶような声が聞こえてきた。
 ――やっぱりドラマかなにかを撮ってるんだ。
 私はそう思って、ワクワクしながら路地を覗き込む。

恵茉(えま)ちゃん!! 助けてっっ」
「うぇ、田中さん?!」

 なにやら文字のようなものが光っている地面に腰まで吸い込まれそうになっているのは、田中さん――アパートのお隣さんで、定食屋で働いていて、時々作りすぎたとおかずを分けてくれる良い人――だった。必死にこちらに手を伸ばしてきている彼女に駆け寄ってその手を取る。

「な、なんなんですかこれ、どっきり?! なに?!」
「わからな……あっ、引っ張られてるっ、もっと強く引っ張って!」
「ちょ……もう精一杯やってますって! これ以上は無理――」
「頑張って! お願いだから頑張って!」

 そう言われても、ずるずると引っ張られていく田中さんを引き上げることはできない。
 最近ダイエットしてるって言ってたけど、あんまり成功してないんじゃないですかぁ?!
 なんて、絶対言っちゃいけないことまで頭に浮かぶ。
 全力で踏ん張って、必死にしがみついてくる田中さんをなんとかしようとするが、私一人の力ではどうしようもない。でも大声で助けを呼ぶような余裕はない。

「ううーっっ! たなかさん、自分、そこ……っ、か、ら、上が、てき……てっ!」
「やってるわよぉ!」

 一瞬、引く力が弱まった瞬間があった。
 今だ! と思いっきり引き上げようとしたところ、田中さんが強く引き戻してきた。力を入れ直そうとしていたタイミングだったせいで、完全に体勢を崩されてあちら側に持っていかれる。穴からすっぽ抜けた田中さんと入れ替わるように、勢い余った私の方がまだ光っていた穴に飛び込んでしまったのだ。
 そして今に至る。

 ――ええと……これ、現実?
 もう一度頬を抓る。気のせいではなく痛い。
 ――もしかして、異世界ってやつ?
 いやまさか、と苦笑いが浮かぶ。しかし、さっき見た地面の文字、ファンタジーなんかで見る魔法陣というのに似てなかっただろうか。そんなことを考えていると、やたらキラキラしたイケメンで、牧師さんのような雰囲気の白い服の人が話しかけてくる。

「ああ……神よ、感謝いたします。成功しました……!」

 そう言うと、彼は感極まったような表情で手を握ってきた。
 ――いきなり積極的!
 なにこれ、とドキドキしていると周囲を取り囲んでいた同じく白い服の人たちがわっと盛り上がる。

「ようこそ、いらっしゃいました!」
「お待ちしておりました」
「やっと我が国にも救世主が……!」

 明らかに歓迎されている雰囲気だ。彼らの後ろに立っているいかにも王子様然とした、司祭様? よりはもう少し若い男性が「よくやった」と偉そうに手を叩く。
 ――待って。これもしかして、私聖女として召喚されちゃったってやつ?!
 小説や漫画の王道パターンでは、この世界の誰か――パターンとしては今いるイケメンのうちの誰か――と恋に落ちて、現世に帰れないなんて嘘よ、とか嘆く私を優しく慰めてくれて、そんな彼とそのうちに甘い生活が……などと妄想していると、うっかりよだれが垂れそうになる。いけないいけない。聖女なら聖女らしくしおらしくしなくては。
 私は慌てて乱れた髪を直して「あのぉ……」と精一杯作った可愛い声を出した。

「あの、ここは……? 私、なんのためにここに……」

 大体を察しておきながら、我ながら白々しい。


 ……そういう妄想をしていた時期もありました。


「おばちゃん! こっち日替わりAお願い」
「こっち日替わりBで」
「おばちゃんじゃなくて、おねえさんだってば!!」

 召喚されてから1ヶ月、私は騎士団の宿舎でひたすらフライパンを振り続けていた。

「異世界で給食のおばちゃんをやる羽目になるなんて、誰が想像するっていうのよ」

 私の口からは絶え間なく愚痴がこぼれている。私に聖女としての特別待遇なんてものは一切なかった。最初から聖女でもなかった。求められていたのはそこではなかった。
 そもそもだ。最初に召喚されそうになっていたのは、近所でちょっと小洒落たレストランをやってる田中さんだった。求められていたのは、お洒落で盛り付けも綺麗な料理をシェフとして人様に提供できるレベルで作れる人。私は元々お呼びでなかったのだ。
 私に与えられた職業は、聞いたこともない《厨房魔導士》というもので、言い換えれば『超高性能な食堂のおばちゃん』だった。
 最終的に、見た目も地味な家庭料理しか作れない私のごはんは王族の皆様に食べさせるわけにはいかない、という結論に至り、騎士団の宿舎に放り込まれた。
 ――にしても、厨房の魔導士ってなによ。
 確かに、とんでもなく美味しい料理を作る調理人や、美しさも兼ね備えたお菓子を作るパティシエに○○の魔術師とかってキャッチコピーがつけられることはある。でもあれはあくまで比喩だ。本当の魔法使いではない。でも私の料理は……
 
「おばちゃん! 今日の唐揚げ定食、食べたらしばらく筋力2倍になるって本当か?」
「本当! 今日の唐揚げの効果は、大体半日くらい続くみたい。でも、なんでかすっごく喉が乾くんで、お仕事行くならお水忘れずに持って行ってくださいね! それから私はおねえさんです」

 食べると、なにかしらのバフがかかる。その時作った料理には全部同じバフが、でも次に作った時に同じ効果が出るとは限らないという謎スキルだった。
 召喚直後、とりあえずなにか作って欲しいと言われて、その場にあるもので作れたのは塩漬けの豚肉と野菜を煮込んだポトフ風のスープと白身魚のムニエルとガーリックトーストだった。
 それだけ? と思わず、私なりに精一杯やったことは認めてほしい。むしろ上出来だ。自炊はするけど、あくまで市販の調味料や調味ソース、レトルトの素材を使って作るのが関の山。スパイスからの調理なんて出来ないし、ガラスープもガラから取ったことはないし、味噌やら醤油を自作なんて出来ない。漬物だって、塩揉みくらいしかしたことない。本格的なものなど作ったことがない。と言っても、よほどの料理好きでなければ、一般的には料理をすると言ってもこの程度ではないだろうか。私が特別に手抜きというわけではない。
 このスープを最初に食べてくれた――もとい毒味役で食べさせられたのはイケメン新人騎士くんだった。本当にごく普通の料理だったのだけど

「こんな美味しいごはんは初めてっす!」

 とえらく感激してくれて、一安心したと。
 特にガーリックトーストを気に入ってくれたようで、あっという間に食べ終えて、おかわりはないのか、とまで言ってくれた。イケメンくんの言葉を聞いてやっと私の料理を口にしてくれた最初に話した男性、クリフさんは――やっぱり教会の偉い司祭様だったらしい――一口食べるなり目を輝かせ、更に自分のステータスを調べて「このスープには、しばらくの間自然治癒能力を向上させる効果があるようですね」と驚いた顔になった。
 他にもなにか作れないか、と聞かれた私は困惑した。人に見られながら料理するのは緊張する。一旦一人にしてもらうことにして、教会の厨房に立ち尽くしている私は、素材を前に唸るしかできなかった。そこに、ドアのノックの音が響く。

「はぁい」

 また司祭様がいらしたのかと思って声を作って返事をすれば「お邪魔しまぁす」と間延びした声がしてひょろりとした体格の男性が入ってきた。その服装からして、料理人のように見える。ここの料理人さんがライバルの登場? に対し、自分たちの仕事を取るなと釘を刺しに来たのかもしれない、と警戒する。

「どぉもぉ」
「はあ……」

 どちらさま? と怪訝そうな顔になれば、彼はへらへら笑いながら言う。

「おねえさん、日本人すよね?」
「は?」
「あ、おれもなんすよ、日本人で、あー見た目でわかると思うけど、転生じゃなくて転移ってやつで」

 自分の黒くて長い前髪を指差して言った男は、都丸彰大(とまるしょうた)と名乗った。確かによく見れば、他の人たちに比べると肌の色や体格を含めてアジア人っぽい雰囲気をしている。私と同じくらい、20代前半だろうか。目元は良く見えないけど、軽薄そうな印象を与える笑顔で都丸くんは続ける。

「あ、自分は事故みたいなもんで転移しちゃったクチなんで、誰かに呼ばれたわけじゃないんすよねぇ」
「ええと、ごめんなさい、だから……なに?」

 確かに同じく転移してきた人の情報なら欲しいし、この世界について色々教えて欲しい。けど、今はそれどころじゃない。どうしてもイライラした口調になる。なにせ私は期待されているのだ。なにか、ちゃんとした料理を作らなければ。でも、自分の料理スキルでは大したものは作れないのも理解している。完全に詰んでいた。
 先程鑑定を受けたところによれば、私のスキルは《調理:極》+《付与:完璧な栄養バランス/バフ効果》と《付与魔法:倍々》。この極と言うのはこちらの世界の食材をなんでも調理できるようになった、という意味であって、包丁捌きがすごくなったわけではない。ただし、さっきやってみたところ、包丁を当てただけで魚は捌かれた状態、つまりスーパーで売られている状態にまではなってくれた。それだけでも、ありがたいのだけど、どうせならもう触っただけで必要な大きさになってほしかった。
 ただしスキル名を見ればわかるように、私の作った料理はどんなものであっても栄養バランスは完璧になり、そして食べた人のスキルになんらかのバフが付く。これが、私が意図してつけられるものかどうかは、これから検証しなければならない。
 それから付与魔法に関しては非常にわかりやすいもので、料理を盛りつける際に使う調理道具にこの魔法をかけると、少量作ったものがいくらにでも増えるというものだった。これは便利だ。自分の作りやすい分量だけ作れば、必要としている人たちに行き届く。
 前々から、異世界転移モノで、いきなり大量の料理をとんでもなく美味しいレベルで作れる主人公たちが不思議だったのだ。普段1人前しか作っていないと、実家に帰った時に作ってと言われても5人前の味付けが上手くいかなくて悩むことがある。ちょっとの増量であっても味が安定しないのに、何十人分もいきなり上手に作れるものだろうか? とずっと疑問だった。付与魔法:倍々があれば、この点に関して容易にクリアできる。本当にありがたい。
 それはそうとして、自分の作れるものしか作れない、というスキルだったので、今ある素材で作れるのは、目玉焼き+ウィンナーとかサラダくらいだ。そんなものを作っても期待には応えられない、と都丸くんを無視して悩んでいると彼は距離を詰めてくる。いきなりなんだ、と逃げようとすれば「ちょっと内緒話なんすけどぉ」とニヤニヤ笑いながら言う。

「なに?」
「実は、自分のスキル《置換》なんすよね」
「ちかん?」
「あ、変な意味じゃなくて、置換、ほらぁ、文字の置き換えとかするアレ」
「はあ」

 文字の置き換えが今どう関係しているの? と眉間にしわが寄る。

「だから、えーっと、ちょっと見ててくださいね」

 彼は葡萄酒を手に取ると「欲しい調味料あります?」と聞いてくる。

「じゃあ、醤油とか?」
「了解っす」

 ぽわっと瓶が光ってすぐに消える。都丸くんが差しだしてきた瓶のコルクを外せば、ふわりと嗅ぎ慣れた香りがする。少量手の平に出してみると赤ワインの見た目のまんま、しかし舐めてみると間違いなく醤油だった。

「すごい! なにこれ!」
「いやぁ。このスキル食材にしか効かないみたいで、今まで宝の持ち腐れだったんすよねぇ。こんなのカスだって思ってたんで、誰にも言ったことなかったんですよねぇ。自分一人じゃ使うこともなかったんすけど、これ、お役に立ちます?」
「助かる! すっごい助かる! 《置換》ってどこまでできるの?」
「多分、麻婆豆腐の素みたいなのも作れると思いますよぉ」
「本当?! じゃあ……食材は野菜が多いから、中華風な炒め物、回鍋肉とか作りたいかも」
「回鍋肉なら、豚肉とキャベツ、あ、ピーマンとか人参も入れます? だったらこれとこれの触感と味がそのまんまですよ」

 食材に詳しいらしい都丸くんが、色々と教えてくれる。しかし、肝心のキャベツに似た野菜はないらしい。

「だったら、この葉物をキャベツに変えちゃいましょ。で、こっちのオイルを回鍋肉の素にして……」

 彼がぽん、と触るとサニーレタスのような野菜がキャベツに置き換えられる。齧ってみると、見た目と味の差で頭がバグりそうになる。しかし、これさえあれば私にも美味しいご飯が作れると気分が上がる。野菜をカットして、豚肉も一口サイズに切る。油で炒めて、調味ソースを入れ、醤油でちょっと味を調える。

「味見してくれる?」
「……お、うわ懐かしい! あの回鍋肉の味だぁ。へぇ、おれのスキルって結構な再現度なんすね、知らなかったぁ」
「本当助かった! ありがとう!」

 懐かしの? あちらの世界の味に感動している都丸くんを置いて、2人前作った回鍋肉を、付与魔法:倍々をかけたトングで5人前分取り分けてトレイに乗せる。それらを提供したところ、こちらの世界の人たちはいたく感激してくれた。
 のだけど、何分見た目が良くなかったらしい。元から一際異世界の料理に興味を持っていて、自分も食べたいとその場に残っていたここの第三王子――例の偉そうな態度だった人――は、見た目が汚いという理由で嫌な顔をして一口も食べなかった。
 確かに、今思えばどれも家庭料理だわ色味も地味だわで、王族に出すような料理ではない。味は良くてバフ効果があってもこれでは……となるのも理解できる。私のスキルのすべてを生かせる場として、王室直属の騎士団の宿舎へ配属を命じられたのも、冷静に考えれば納得だった。
 宿舎の食堂では、ほとんどの料理人は反感を持っているような態度だった。ここに連れてきてくれた時のクリフさんの言葉は、異世界出身の小娘の作る料理の方が今までプライドを持って作っていた彼らの料理よりも価値がある、と言ったようなものだった。反発心が芽生えるのは当然だ。私自身は揉めるのを望んでいないから、あくまでも愛想良く笑顔を浮かべていた。のだけれど、その態度も頭の空っぽな女だと思われたらしい。つくづく、今日の私は踏んだり蹴ったりだ。
 げんなりしていると、料理人たちの一番後ろに見たことのある黒髪を見つける。

「都丸くん?」
「どもどもぉ」
「あなたもここの人だったの?」
「あ、ここに来たばっかりで、どうすればいいかわからなくて困ってたところを拾ってくれたの、この厨房の親方だったんすよねぇ。それからずっと、親方の手伝いしてるんですよ」
「へえ……」

 親方という人は筋骨隆々な中年男性で、この人も私を警戒しているような態度だった。

「お嬢ちゃん、そんなに料理が上手なのかい?」

 親方、マルコさんが太い腕を組んで聞いてくる。

「いえ、そこまででは」
「だが、異世界の料理ってのはこことは比べ物にならないくらい美味いんだろう?」
「えーと」

 ちらっと都丸くんに助けを求めるが、小さく肩をすくめただけで彼はなにも言わない。ちょっとくらい助けてよ、と目で訴えるのに、彼は視線を逸らしてしまう。

「どう……なんでしょう。今のところ、美味しいって言ってもらえてますけど」
「試しに俺たちにも食べさせてくれないか?」
 
 料理人なら料理で黙らせてみろとマルコさんは言うが、申し訳ないが私は料理人ではない。困惑しつつ、食べて納得してもらえるのなら良いかと了承する。ついでに「ここの厨房の使い方わからないので、助手をお願いしても良いですか?」と聞いてみる。下手にいじられて壊されても困ると思ったのだろう。マルコさんは頷くと、近くにいた若い子に手伝いを命じようとした。しかしそこで、状況を察してくれた都丸くんが手を上げた。

「親方ぁ、おれがやるっすよ」
「ショータ、お前がか?」
「駄目っすか?」
「いや。面倒臭がりのお前が……珍しいこともあるもんだな」
「うひひ、だってなんか面白そうじゃないっすかぁ」

 嫌な笑い方をした都丸くんは、私を厨房に連れていく。作っているところを見たいと言われて、この状況では断ることもできずに数名がくっついてくるのを許すことになった。これは困ったことになった、と都丸くんに小声で話しかける。
 
「見られてるのに、《置換》使えるの?」
「ままま、上手くやるっすよ」

 なにか作れ、と言われたが厨房に余計な素材はそんなにない。使って良いと並べられたものを見て、私と都丸くんは同時にひらめく。

「ねえ、えまサン。芋と肉の切れ端があるっすね」
「……これは、やっぱりアレかな?」

 異世界料理モノで異世界人に人気の高いものと言ったら揚げ物。芋と肉と玉葱とパンと油、塩胡椒があれば、アレが作れる。
 お鍋に水を張って、ジャガイモを茹でている間に肉を細かく叩いて、みじん切りにした玉ねぎと一緒に炒める。その間、芋とクズ肉で何を作るつもりだ? と馬鹿にしたように喋っているのが聞こえてくる。が、そう言っていられるのも今のうちだ。これを食べて驚くがいい。
 都丸くんは、カチカチになったパンをパン粉にしてくれる。茹で上がった芋を潰して玉ねぎと肉を炒めたものと混ぜ、塩胡椒とこれまたこの世界のスパイスを《置換》してもらったナツメグで味付けをして丸める。バッター液とパン粉をつけて、加熱したたっぷりの油で揚げる。

「ねえ、ソースどうしよう。いつもはとんかつソースかけてるんだけど」

 小声で都丸くんに助けを求める。

「トマトソースっぽいのはあるんで、適当なの混ぜて《置換》しちゃいましょ」
「それで良いの?」
「食べ慣れた味にはなってればオッケーっす」

 小さいお鍋にトマトっぽい野菜のソースと、都丸くんが使えそうと言ったこっちの世界のソースを入れる。

「それ、混ぜておいてね」

 わざとらしくお願いして、都丸くんに鍋を渡す。鼻歌混じりに彼が混ぜているソースが一瞬ほのかに輝いたように見えた。これで、とんかつソースとケチャップを混ぜたようなソースが出来上がったはずだ。
 揚げあがったコロッケは4つ。だが《付与魔法:倍々》をかけたトングで触れれば、数は増えていく。料理人全員に行き届く量まで増やして、大皿に乗せて表に持って行く。私たちの調理過程を見ていた人たちは、料理が増えていく様子を見てざわついていた。

「さあ、お好みでそのソースをかけて召し上がれ!」

 まあ、結果は言うまでもない。コロッケに舌鼓を打った料理人たちは、『異世界』の料理は本当に美味しいのだと納得してくれた。しかも今回のコロッケには疲労回復+俊敏度を上げる効果があったらしく、夕食準備が楽になると喜んでくれた。
 ――このバフ効果って、どういう基準でつくんだろう。
 そんなことを考えながら美味しくできたコロッケを齧っていた私は、これからどんな生活になるのだろう、とまだちょっとだけ期待していた。

 そんなところから始まったわけだから、今日も大量の料理を作って配膳しながら愚痴が止まらない。
 都丸くん曰く、ここは彼の知っている漫画やゲームの世界ではないらしい。女性向けゲームも流行りものは履修したという彼に言わせると、ここは恋愛ゲームでもないから、イケメンはいるのに私を恋愛対象だとは思っていない。彼らが求めているのは、美味しい料理――ついでにバフ付き――を大量に提供してくれる『食堂のおばちゃん』。その名称を親方に漏らして定着させたのは都丸くんなので、今でも少し恨んでいる。
 都丸くんは、文句の止まらない私を見てニヤニヤするばかり。でも、彼がいないとマトモな料理は出来ないから突っかかるわけにもいかない。

「イケメンはいるのに残念っすねぇ」

 都丸くんは今日もニヤついている。

「あの人たち、料理しか見てないですもんね」
「うるさいわよ、都丸くん」

 そんな言い合いをしながら料理をする私は、この後自分が、まるでバトル料理漫画のような展開に巻き込まれることになるとは一切想像もしていなかった。