店内に流れる穏やかなオルゴールのBGMが、外の激しい風の音を遮断していた。
私は、店長さんがくれた「午後の紅茶」を両手の包んだまま、毛布の中で小さくなっていた。
一口飲むたびに、身体の震えは少しずつ収まっていったが、代わりに現実的な不安が胸を締め付け始める。
「・・・・・警察の人が来たら、私、またあの家に帰されるんですか」
膝を見つめたまま、私は掠れた声で呟いた。
せっかく温まった身体が、恐怖でまた冷たくなっていく。
もし、連れ戻されたら。今度こそ、私は壊れてしまう。
店長さんと店員さんは、互いに顔を見合わせて、それからゆっくりと私の方へ向き直った。
店員さんさんは、私の隣に少し距離を置いて座り、目線を合わせた。
「大丈夫だよ。六花ちゃんが帰りたくない、怖いって思っているなら無理やり帰されることはないよ。警察や児童相談所っていう場所が
君を守るために動いてくれるから」
「でも・・・」
私は自分の痣だらけの腕を毛布の中で強く握りしめた。
「お母さんも、先生も、誰も助けてくれなかった。大人はみんな、面倒なことは嫌いだから」
その言葉を聴いた瞬間、店長さんは小さく息を吐いた。彼の目はどこか遠くを見つめるように目を細められた。
「確かに、無責任な大人はたくさんいる。それは否定できない。でもね、六花ちゃん」
店長さんは、レジの横にある写真立てを見つめながら言った。
「俺も昔、似たような雪の日に誰かに助けてもらったことがあるんだ。行き場がなくただ震えていたときに、どこの誰か知らない人が
一本の紅茶をくれた。・・・その時の温かさが、今の俺を作っている」
彼は私を真っ直ぐに見て、優しく微笑んだ。
「だから、今度は俺が、誰かにその温かさを繋ぐ番だと思ってるんだ。君がここに逃げ込んできたのは偶然じゃない。君が生きたいと
願ったから、この店の光が見えたんだよ」
店長さんの言葉は押し付けがましい説教ではなく、ただそこにある真実のように私の心に落ちてきた。
「生きたい」と願ったから。
死に場所を探して歩いているつもりだったけれど、心の底では、私は誰かに見つけてほしかったのかもしれない。
店員さんも、優しく言葉を添えた。
「私達は今日が終われば、ただの店の人とお客さんに戻る。六花ちゃんの人生をずっと支えることはできないかもしれない。
・・・でも、今日のこの十五分間で感じた温かさだけは、嘘じゃないって信じてほしいの」
彼女はそっと、私の飲みかけたボトルを指差した。
「その紅茶、まだ温かいでしょ?その温もりが、これからの六花ちゃんの味方になってくれるはずだから」
私はもう一度、紅茶を口に含んだ。
もう熱さは感じなかった。ちょうどいい、穏やかな温かさ。
名もなき二人の大人。名前も知らない誰かが私のために、怒り、悲しみ、温かい飲み物を買ってくれた。
学校で透明人間だった私が、この西松屋という場所では、確かに「一人の人間」として扱われている。
「美しい」という言葉を、私はそれまで、綺麗な景色や花に対して使う言葉だと思っていた。
けれど、今、目の前にいる二人の眼差しを見て、私は初めて「人の心の美しさ」というものを知った気がした。
遠くからサイレントの音が聞こえた。
赤い光が窓の外を横切る。
「・・・来たみたいだね」
店長さんが立ち上がり、私の方をぽんと叩いた。
「大丈夫。怖がらないで。君の味方はここにも、そしてこれから行く先にも必ずいるから」
私は最後の一口を飲み干し、空になったボトルを強く握りしめた。
このプラスチックの容器は、いつか捨ててしまうかもしれない。けれど、この十五分間で私の心に宿った熱は、もう二度と冷めることはないのだと確信していた。
私は、店長さんがくれた「午後の紅茶」を両手の包んだまま、毛布の中で小さくなっていた。
一口飲むたびに、身体の震えは少しずつ収まっていったが、代わりに現実的な不安が胸を締め付け始める。
「・・・・・警察の人が来たら、私、またあの家に帰されるんですか」
膝を見つめたまま、私は掠れた声で呟いた。
せっかく温まった身体が、恐怖でまた冷たくなっていく。
もし、連れ戻されたら。今度こそ、私は壊れてしまう。
店長さんと店員さんは、互いに顔を見合わせて、それからゆっくりと私の方へ向き直った。
店員さんさんは、私の隣に少し距離を置いて座り、目線を合わせた。
「大丈夫だよ。六花ちゃんが帰りたくない、怖いって思っているなら無理やり帰されることはないよ。警察や児童相談所っていう場所が
君を守るために動いてくれるから」
「でも・・・」
私は自分の痣だらけの腕を毛布の中で強く握りしめた。
「お母さんも、先生も、誰も助けてくれなかった。大人はみんな、面倒なことは嫌いだから」
その言葉を聴いた瞬間、店長さんは小さく息を吐いた。彼の目はどこか遠くを見つめるように目を細められた。
「確かに、無責任な大人はたくさんいる。それは否定できない。でもね、六花ちゃん」
店長さんは、レジの横にある写真立てを見つめながら言った。
「俺も昔、似たような雪の日に誰かに助けてもらったことがあるんだ。行き場がなくただ震えていたときに、どこの誰か知らない人が
一本の紅茶をくれた。・・・その時の温かさが、今の俺を作っている」
彼は私を真っ直ぐに見て、優しく微笑んだ。
「だから、今度は俺が、誰かにその温かさを繋ぐ番だと思ってるんだ。君がここに逃げ込んできたのは偶然じゃない。君が生きたいと
願ったから、この店の光が見えたんだよ」
店長さんの言葉は押し付けがましい説教ではなく、ただそこにある真実のように私の心に落ちてきた。
「生きたい」と願ったから。
死に場所を探して歩いているつもりだったけれど、心の底では、私は誰かに見つけてほしかったのかもしれない。
店員さんも、優しく言葉を添えた。
「私達は今日が終われば、ただの店の人とお客さんに戻る。六花ちゃんの人生をずっと支えることはできないかもしれない。
・・・でも、今日のこの十五分間で感じた温かさだけは、嘘じゃないって信じてほしいの」
彼女はそっと、私の飲みかけたボトルを指差した。
「その紅茶、まだ温かいでしょ?その温もりが、これからの六花ちゃんの味方になってくれるはずだから」
私はもう一度、紅茶を口に含んだ。
もう熱さは感じなかった。ちょうどいい、穏やかな温かさ。
名もなき二人の大人。名前も知らない誰かが私のために、怒り、悲しみ、温かい飲み物を買ってくれた。
学校で透明人間だった私が、この西松屋という場所では、確かに「一人の人間」として扱われている。
「美しい」という言葉を、私はそれまで、綺麗な景色や花に対して使う言葉だと思っていた。
けれど、今、目の前にいる二人の眼差しを見て、私は初めて「人の心の美しさ」というものを知った気がした。
遠くからサイレントの音が聞こえた。
赤い光が窓の外を横切る。
「・・・来たみたいだね」
店長さんが立ち上がり、私の方をぽんと叩いた。
「大丈夫。怖がらないで。君の味方はここにも、そしてこれから行く先にも必ずいるから」
私は最後の一口を飲み干し、空になったボトルを強く握りしめた。
このプラスチックの容器は、いつか捨ててしまうかもしれない。けれど、この十五分間で私の心に宿った熱は、もう二度と冷めることはないのだと確信していた。

