店長さんが戻ってきたとき、冷え切った私の身体は自分の震えで椅子ごと震えていた。
ドアが開くたびに流れ込む冷気が、まるで私を追いかけてきた家の影のように思えて、そのたびに肩を強張らせる。
「お待たせ。これ、買ってきたんだけど、飲む?」
店長さんがゆっくりと私の目の前で腰を下ろす。私を威圧しないように自分のほうが少し低い位置になるようにして。
差し出されたのは、琥珀色の液体が透ける、一本のペットボトルだった。
「午後の紅茶」
どこにでも売っている見慣れたはずの飲み物。けれど、そのボトルからは白い湯気が立っていた。
「これ・・・・」
「温かいやつだよ。いきなり熱いものを飲むとびっくりしちゃうだろうから、まずは手で持ってごらん。」
彼が私の両手に添えるようにして、ボトルを渡した。
その瞬間、私は息を呑んだ。
熱い。
感覚が麻痺して、死んだ魚のようになっていた指先に強烈な「熱」が襲いかかってくる。
最初は痛かった。でも、その痛みはすぐに心地よい痺れへと変わっていった。
皮肉なものだ。あれほど死にたいと思って雪の中に飛び出したのに、私の身体はこの小さな熱を必死に吸い込もうとする。
「・・・あっ」
声が漏れた。
指先から拳へ、拳から手首へ。血が巡り始めるような音が聞こえるようだった。
凍てついて固まっていた神経がゆっくりと剥がれ落ちるように溶けていく。
「こんなに冷えきって・・・。ここまで、よく頑張ったね」
店長さんの声はとても低く、穏やかなものだった。
「頑張ったね」
その言葉が、耳の奥で何度も反芻される。
家では「目障りだ」と言われ、学校では「いなくなれ」と言われた。
生きていくことそのものが苦痛でしかなかった日々を、この人は「頑張った」と言ってくれた。
私は震える手でキャップを回した。
カチッという小さな音がして、甘い紅茶の香りがふわりと鼻をくすぐる。
そぉっと、一口、口に含んだ。
温かい紅茶が喉を通り、胃に落ちる。その一筋の熱が私の身体の中に「芯」を作っていくという感覚があった。
「う・・・・っ、うぁっ・・」
喉の奥が熱くなり、視界が急激に歪んだ。
一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
店員さんは慌ててティッシュを持ってきてくれたが、私はそれを取ることさえできずに、ただ「午後の紅茶」のボトルを命綱のように
両手に握りしめて、泣き続けた。
裏切られるのが怖くて、人を信じないように、期待しないように、心に幾重もの氷の壁を築いてきた。
けれど、名前も知らない大人たちが自分のために雪の中を走って買ってきてくれた一本の紅茶がその壁をあっさりと溶かしてしまった。
「名前、何ていうの?」
店員さんが優しく尋ねた。
「・・・りっ、か。・・・・・六花、です」
「六花ちゃん。いい名前だね、雪の結晶だ」
初めて自分の名前を「いい名前だ」と言われた。
暗闇の中で消えてしまうはずだった一粒の結晶が、この温かな店内で、初めて自分の形を保てたような気がした。
「大丈夫だよ。六花ちゃん。警察の人が来たらちゃんとお話しよう。君を傷つけるものからは、もう逃げていいんだから」
店長さんの言葉を聴きながら、私は飲みかけのボトルを見つめた。
琥珀色の液体は、店内の光に反射して、小さな太陽のように輝いている。
私はまだ、明日がどうなるかなんて分からない。でも、この拳に残る確かな熱だけは、嘘じゃないと思えた。
外の吹雪の音はいつの間にか遠くなっていた。
私の物語は、この琥珀色の熱とともに、もう一度動き出そうとしていた。
ドアが開くたびに流れ込む冷気が、まるで私を追いかけてきた家の影のように思えて、そのたびに肩を強張らせる。
「お待たせ。これ、買ってきたんだけど、飲む?」
店長さんがゆっくりと私の目の前で腰を下ろす。私を威圧しないように自分のほうが少し低い位置になるようにして。
差し出されたのは、琥珀色の液体が透ける、一本のペットボトルだった。
「午後の紅茶」
どこにでも売っている見慣れたはずの飲み物。けれど、そのボトルからは白い湯気が立っていた。
「これ・・・・」
「温かいやつだよ。いきなり熱いものを飲むとびっくりしちゃうだろうから、まずは手で持ってごらん。」
彼が私の両手に添えるようにして、ボトルを渡した。
その瞬間、私は息を呑んだ。
熱い。
感覚が麻痺して、死んだ魚のようになっていた指先に強烈な「熱」が襲いかかってくる。
最初は痛かった。でも、その痛みはすぐに心地よい痺れへと変わっていった。
皮肉なものだ。あれほど死にたいと思って雪の中に飛び出したのに、私の身体はこの小さな熱を必死に吸い込もうとする。
「・・・あっ」
声が漏れた。
指先から拳へ、拳から手首へ。血が巡り始めるような音が聞こえるようだった。
凍てついて固まっていた神経がゆっくりと剥がれ落ちるように溶けていく。
「こんなに冷えきって・・・。ここまで、よく頑張ったね」
店長さんの声はとても低く、穏やかなものだった。
「頑張ったね」
その言葉が、耳の奥で何度も反芻される。
家では「目障りだ」と言われ、学校では「いなくなれ」と言われた。
生きていくことそのものが苦痛でしかなかった日々を、この人は「頑張った」と言ってくれた。
私は震える手でキャップを回した。
カチッという小さな音がして、甘い紅茶の香りがふわりと鼻をくすぐる。
そぉっと、一口、口に含んだ。
温かい紅茶が喉を通り、胃に落ちる。その一筋の熱が私の身体の中に「芯」を作っていくという感覚があった。
「う・・・・っ、うぁっ・・」
喉の奥が熱くなり、視界が急激に歪んだ。
一度溢れ出した涙は、もう止まらなかった。
店員さんは慌ててティッシュを持ってきてくれたが、私はそれを取ることさえできずに、ただ「午後の紅茶」のボトルを命綱のように
両手に握りしめて、泣き続けた。
裏切られるのが怖くて、人を信じないように、期待しないように、心に幾重もの氷の壁を築いてきた。
けれど、名前も知らない大人たちが自分のために雪の中を走って買ってきてくれた一本の紅茶がその壁をあっさりと溶かしてしまった。
「名前、何ていうの?」
店員さんが優しく尋ねた。
「・・・りっ、か。・・・・・六花、です」
「六花ちゃん。いい名前だね、雪の結晶だ」
初めて自分の名前を「いい名前だ」と言われた。
暗闇の中で消えてしまうはずだった一粒の結晶が、この温かな店内で、初めて自分の形を保てたような気がした。
「大丈夫だよ。六花ちゃん。警察の人が来たらちゃんとお話しよう。君を傷つけるものからは、もう逃げていいんだから」
店長さんの言葉を聴きながら、私は飲みかけのボトルを見つめた。
琥珀色の液体は、店内の光に反射して、小さな太陽のように輝いている。
私はまだ、明日がどうなるかなんて分からない。でも、この拳に残る確かな熱だけは、嘘じゃないと思えた。
外の吹雪の音はいつの間にか遠くなっていた。
私の物語は、この琥珀色の熱とともに、もう一度動き出そうとしていた。

