膝の感覚がもうなかった。雪に埋もれるたびに、体温が急速に奪われていく。
視界の端に見えた、淡い光が少しずつ形を成していく。うさぎのマーク。
それは、本来ならば私のような、死に場所を探している少女が来るような場所ではなかった。
「西松屋」
子どもたちの笑い声や新しい服の匂い。そんな幸福の結晶のような場所。
けれど、今の私には、その自動ドアから漏れうわずかな光だけが、この世で唯一の「生」の繋ぎ目に思えた。
重い足を引きずり、ドアの前に立つ。
無機質なチャイム音が、吹雪の音を切り裂いて響いた。
温かい空気が、一気に私の肌を柔らかく包み込む。その温度差に、肺が驚いて激しく咳き込んだ。
「いらっしゃいませ・・・・・って、えっ!?大丈夫!?」
レジの奥から、慌てたような声が聞こえた。
床に垂れ落ちる雪解けの水。私は水浸しのまま、入口の近くに崩れ落ちた。
店内に並ぶ、小さくて可愛らしいベビー服。黄色いアヒルのついた靴下。
それらが霞んだ視界の中で回っている。
「あっ、あの・・・警察を・・・」
喉が張り付いて、声がうまく出ない。
私は自分を追い詰めた家を戻りたかったわけではなかった。
けれど、このまま消えてしまう勇気も、もう残っていなかった。
「警察を、呼んでください・・・・・お願いします」
言い終えると同時に、糸が切れたかのように体の力が抜けた。
駆け寄ってくる二つの足音。
「大丈夫!顔が真っ白じゃない!!店長、すぐに毛布をー」
「分かっている!君、大丈夫!聞こえている?しっかりして!」
店長と呼ばれた少し年配の男性と同じぐらいの年齢の店員の女性。
二人が私の顔を覗き込んでくる。
私は反射的に身を強張らせた。大人が怖い。声を荒らげ、自分を否定し、思い通りにならないと手を上げる存在。
だから、彼らが私に触れようとした瞬間、私は小さく悲鳴を上げて首を振った。
「来ないで・・・。何もしないから、警察が来るまで、ここに居させて・・・」
うずくまる私を見て、二人は顔を見合わせた。
その視線には、蔑みも、怒りもなかった。ただ、困惑と悲しみが混ざり合ったような、静かな光が宿っていた。
「分かった。無理に動かしたりはしないから。でも、そんなに濡れていたら身体が凍えちゃうよ。とりあえず中に入って」
店長さんが売り物ではない備品の大きなタオルと毛布を持ってきて、少し離れたところからそっと差し出した。
私は震える手でそれを受け取り自分に巻きつける。
その布は私が家で使っていたどの毛布よりもずっと清潔で、日の光のような匂いがした。
そして私はスタッフルームまで連れて行かれた。
「店長、警察に連絡しました。十五分ぐらいで来るそうです」
「そうか・・・。外はあんな吹雪だ。よくここまで歩いてきたね」
店長さんは私を怯えさせないように少し離れた場所に座った。
店内には、閉店時間の静かなBGMが流れている。
外はあんなに狂ったように雪が舞っているのに、ここは驚くほど静かで、温かい。
私は毛布にくるまりながら店内に飾られていた子どもたちの写真を見た。
みんな、笑っていた。
愛されて、守られて、明日が来るのを当たり前に信じている希望に満ち溢れた顔。
私は、こんな風に笑ったことがあったのだろうか。
考えようとしたけど、脳が冷えていてうまく働かない。
ただ、奥歯がガチガチと鳴り、止まらなかった。
そんな私の様子を見て、店長さんがふっと立ち上がった。
「・・・警察が来るまでの間、まだ少し時間があるね。ちょっと待っててね。」
そう言って彼はスタッフルームを出ていった。
数分後、再び扉が開く。
店長の手には小さなペットボトルを抱えていた。
それが私の凍りついた人生を溶かす、最初の熱になることを、私はまだ、知らないままだった。
視界の端に見えた、淡い光が少しずつ形を成していく。うさぎのマーク。
それは、本来ならば私のような、死に場所を探している少女が来るような場所ではなかった。
「西松屋」
子どもたちの笑い声や新しい服の匂い。そんな幸福の結晶のような場所。
けれど、今の私には、その自動ドアから漏れうわずかな光だけが、この世で唯一の「生」の繋ぎ目に思えた。
重い足を引きずり、ドアの前に立つ。
無機質なチャイム音が、吹雪の音を切り裂いて響いた。
温かい空気が、一気に私の肌を柔らかく包み込む。その温度差に、肺が驚いて激しく咳き込んだ。
「いらっしゃいませ・・・・・って、えっ!?大丈夫!?」
レジの奥から、慌てたような声が聞こえた。
床に垂れ落ちる雪解けの水。私は水浸しのまま、入口の近くに崩れ落ちた。
店内に並ぶ、小さくて可愛らしいベビー服。黄色いアヒルのついた靴下。
それらが霞んだ視界の中で回っている。
「あっ、あの・・・警察を・・・」
喉が張り付いて、声がうまく出ない。
私は自分を追い詰めた家を戻りたかったわけではなかった。
けれど、このまま消えてしまう勇気も、もう残っていなかった。
「警察を、呼んでください・・・・・お願いします」
言い終えると同時に、糸が切れたかのように体の力が抜けた。
駆け寄ってくる二つの足音。
「大丈夫!顔が真っ白じゃない!!店長、すぐに毛布をー」
「分かっている!君、大丈夫!聞こえている?しっかりして!」
店長と呼ばれた少し年配の男性と同じぐらいの年齢の店員の女性。
二人が私の顔を覗き込んでくる。
私は反射的に身を強張らせた。大人が怖い。声を荒らげ、自分を否定し、思い通りにならないと手を上げる存在。
だから、彼らが私に触れようとした瞬間、私は小さく悲鳴を上げて首を振った。
「来ないで・・・。何もしないから、警察が来るまで、ここに居させて・・・」
うずくまる私を見て、二人は顔を見合わせた。
その視線には、蔑みも、怒りもなかった。ただ、困惑と悲しみが混ざり合ったような、静かな光が宿っていた。
「分かった。無理に動かしたりはしないから。でも、そんなに濡れていたら身体が凍えちゃうよ。とりあえず中に入って」
店長さんが売り物ではない備品の大きなタオルと毛布を持ってきて、少し離れたところからそっと差し出した。
私は震える手でそれを受け取り自分に巻きつける。
その布は私が家で使っていたどの毛布よりもずっと清潔で、日の光のような匂いがした。
そして私はスタッフルームまで連れて行かれた。
「店長、警察に連絡しました。十五分ぐらいで来るそうです」
「そうか・・・。外はあんな吹雪だ。よくここまで歩いてきたね」
店長さんは私を怯えさせないように少し離れた場所に座った。
店内には、閉店時間の静かなBGMが流れている。
外はあんなに狂ったように雪が舞っているのに、ここは驚くほど静かで、温かい。
私は毛布にくるまりながら店内に飾られていた子どもたちの写真を見た。
みんな、笑っていた。
愛されて、守られて、明日が来るのを当たり前に信じている希望に満ち溢れた顔。
私は、こんな風に笑ったことがあったのだろうか。
考えようとしたけど、脳が冷えていてうまく働かない。
ただ、奥歯がガチガチと鳴り、止まらなかった。
そんな私の様子を見て、店長さんがふっと立ち上がった。
「・・・警察が来るまでの間、まだ少し時間があるね。ちょっと待っててね。」
そう言って彼はスタッフルームを出ていった。
数分後、再び扉が開く。
店長の手には小さなペットボトルを抱えていた。
それが私の凍りついた人生を溶かす、最初の熱になることを、私はまだ、知らないままだった。

