琥珀色の雪解け

2026年、12月。
高校三年生になった私は、進路希望調査の第一志望欄に「児童福祉」と書き込んだ。
将来はかつての私のように声を上げられない子供たちの側に居たい。
あの夜、店長さんたちが私を「一人の人間」として扱ってくれたように今度は私が絶望の淵にいる誰かの手を握りたかった。

そんなある日の夕暮れ。
金沢の街には、あの夜を思い出させるような激しい雪が降り始めていた。
放課後の帰り道、私はいつものようにコンビニで温かい「午後の紅茶」を一本買った。
習慣になったこの温もりは、私にとっての「お守り」だ。
バス停へ向かう途中、ふと公園のベンチでうずくまっている小さな影が目に留まった。

ランドセルを背負った、小学生低学年ぐらいの男の子だった。
薄手のジャンパー一枚で雪に打たれながらじっと地面を見つめている。
その震え方、肩の落とし方、そして何より「世界から拒絶されている」ようなその独特な空気感。
私は十代の自分がそこに座っているかのような感覚に陥った。

「・・・こんばんは」
私は努めて穏やかな声で話しかけた。
男の子はビクリと肩を揺らし、怯えた目で私を見上げた。
その瞳にはかつての私が抱えていたものと同じ、大人への深い不信感が宿っている。
「雪、強くなってきたね。お家、近いの?」
「・・・・・分かんない」
男の子の声は震えていた。
「帰りたくないの?」
私がそう尋ねると、彼は小さく、けれど重く頷いた。
私は迷わず、自分が持っていた、まだ封を切っていない温かい紅茶を差し出した。
「これ、飲む?すごく温かいよ」
彼は戸惑いながらも私の手のボトルを受け取った。
凍えきった小さな拳がボトルに触れた瞬間、彼は驚いたように目を見開いていた。
「・・・熱い」
「そう、熱いでしょ。それが魔法の飲み物なんだよ。心を少しだけ溶かしてくれるんだ」
私は彼の隣に座り、彼が一口飲むのを静かに待った。
温かい蒸気が彼の顔を包む。一口、二口。飲むたびに彼の強張っていた表情が少しずつ柔らかくなっていったのが分かった。
「お姉ちゃん、だれ・・・?」
「私はただの通りすがりの人だよ。でも、君が今、凄く頑張ってここにいることを知っている」
店長さんに言われたあの言葉を、今度は私が口にする。
男の子の目から一粒の涙がこぼれ、温かいボトルを濡らした。
「頑張ったね」
私はその頭をそっと撫でると、彼は声を上げて泣き始めた。

その後、私は彼を近くの交番まで連れて行った。
警察官に彼を預け、私は名前も告げずその場を後にした。
あの日、西松屋の二人が私にしてくれたことと同じように。
交番を出ると雪はさらに激しさを増していた。
けれど、私の心は驚くほど静かで満ち足りていた。
「美しい」
冷たい雪空を見上げて、私は独り言のように呟いた。
あの日、人の美しさを知った私は今、自分の中にもその破片があることを知った。
誰にも知られなくて良い。感謝されなくても良い。
あの日もらった「琥珀色のバトン」を誰かに繋げたこと。
それが、私の人生が新しく生まれ変わった、本当の証拠だった。