タイムスリップ鬼姫

「鬼の始まりは禁忌である」

 2025年、現代には鬼がいた。
 鬼は森の最奥でひっそりと暮らしていた。
 誰にも姿を知られぬように。
 誰にも存在を気付かれぬように。

 全盛期は10万人を超える鬼がいたが、現在ではたった30人に減少した。
 畑で作物を耕し、木の実や果物を拾い集め、寂れた村落で生活をする。
 そんな村に、一人の少女がいた。
 赤髪混じりの白髪に、額から2本の角が生えている少女、右の角は短く、左の角はやや長い、非対称な白色角。 

「ねえお父さん、頭から生えてるこれは何?」

 少女が父親へ問いかける。

「それはね、角だ。鬼はみんな生えているんだよ」

「鬼?」

「鬼は全員角が生えていて、その上人間よりも身体能力が高くて、特殊な能力も使えるんだ」

「人間って何?」

「人間は角が生えていないんだ」

「へえ、これカッコいいのに……。全員鬼になった方がいいよ。みんな鬼になれないの?」

 その時見た父親の表情を、少女はいつまでも覚えている。


●●●●


 わらわは18歳になったのだ。

「お父さん、お母さん、どう? 可愛いでしょ」

 この村では18歳の誕生日、成人の儀式を行う。アネモネの花の紋様が刻まれた着物に身を包み、松明で作られた輪っかをくぐって一人前となる。

「火の輪っかを通るなんて怖いのだ」

「頑張りなさい。あなたならできる」

 お母さんの温かい手が頬に触れ、自然と緊張感が消失する。

「わらわ頑張る。頑張るのだ」

 既に村の中心には全員集まっていた。
 三大鬼族唯一の生き残り──鬼枢(きくるる)家。この村の長老役を務めている。
 既に鬼藤(きとう)家、鬼荊(きいばら)家は途絶えている。

鬼伊(きい)ホノカ。これより成鬼の儀式を行う。前へ」

 円形の広間の中央には松明で作られた輪っかが置かれている。その周囲を村のみんなが囲む。
 ただ歩いて、輪っかをくぐるだけ。もし着物が火に触れて燃えれば、その場で首を斬られる。
 いざ一歩を踏み出した時、心臓の音を聞いた。

 ああ、これって……。
 胸に触れ、私は知った。
 私の内側にも何かがある。

「ホノカ」
「ホノカ」

 背中をお父さんとお母さんが押してくれる。
 だからわらわは前を向いて進むことができる。

「では、始めろ」

 鬼枢長老のかけ声とともに、わらわは火の輪っかを目掛けて走り出した。
 輪っかの直前で踏み込み、そのまま輪っかの中心目掛けて飛び込んだ。

 通り抜けた。結果は……

「これにて、成鬼の儀式を終了とする」

 どうやらわらわは成功したようだ。

「お父さん、お母さん、やったよ」

 そう叫んで振り返ったわらわの視界に映ったのは、血飛沫をあげながら倒れる父親の姿だった。

「あ……! お父さん!」

 響く炸裂音。

「な、何の音……!?」

 お父さんのすぐそばには、地面が小さくえぐれた跡がある。その後、炸裂音とともに、村のみんなが次々と血飛沫を上げながら倒れる。
 高速で何かが飛んでいる。小指ほどしかない何かが高速で飛んで、村のみんなを次々と殺している。

「ホノカ、逃げるよ」

 お母さんはわらわの手を掴み、必死に走る。
 
「お母さん、いったい何が起こってるの」

「私たち鬼には隠された秘密がある。権力者によって隠された秘密がある。だけど、それはあまりに禁忌で、触れてはいけない玉手箱だった。だから──」

 懸命の疾走の中、息を切らしながらお母さんは続ける。

「あの日鬼は全て殺されるはずだった。でも生き残ってしまったから……、今日まで生にしがみついてしまったから……、だから、あなたに罪はないはずなのに、あなたにまで罪を与えてしまった」

「何を……言ってるの……?」

「ごめんねホノカ。本当は成鬼の儀式の後に、鬼の真実を伝えるはずだった。そして本当はあなたに……」

 初めて見たお母さんの涙。
 だがそれはお母さんの胸から噴き出した血によって赤く染まった。

「お母さん!?」

 藤の花の紋様が刻まれた刀がお母さんの胸から引き抜かれる。

「な……」

 振り返ろうとしたわらわの腹を、その刀が突き刺した。
 お腹が熱い。痛い。
 死んじゃう死んじゃう死んじゃう。
 泣き叫びたくなるほどの激痛で声も出ない。
 もう指先一本動かすのさえ辛い。
 呼吸ができない。
 助けてお母さん。
 死にたくない……。

 感情が激流となって全身に溢れだす。

「これで忌まわしき鬼は全て消えた」

 地面に転がったわらわは、目頭を熱くさせながらも視線を向けた。
 顔を布で覆い隠してはいるが、わずかに頭部には膨らみがあるように見えた。

「さよなら贋作」

 その言葉を残して、この場には二人取り残された。

「おが……が…………ざん……」

 喉に熱湯を注がれているような激痛に悶えながら、お母さんへ顔を向ける。
 お母さんの手がわらわの頬に触れた。

「ごめんねホノカ。運命を、世界を変えて」

 直後、わらわの頬を炎が包む。
 熱い。でもそれ以上に、切なかった。
 涙が落ちれば消えてしまうような火。

「さよなら」

 別れは言葉だった。
 全身が炎に包まれた時、既に目の前にお母さんはいなかった。
 
「ここは……」

 腹部の痛みに耐えながら周囲を見渡す。
 周囲にあったはずの建物はなく、刈られたはずの草がボーボーと生えていた。
 さっきまでいたはずの場所とは違う。

「だ、大丈夫ですか!?」

 誰かの声がした。
 黒髪で、頭には角がない青年。

 初めて見る人間。
 状況に困惑しながら、意識が薄れ行くことに気付く。
 薄目で青年を見る。すぐ背後から少女が近づいていた。

結太郎(ゆいたろう)、どうしたの?」

彩葉(いろは)、少女が血を流して倒れているんだよ」

「少女って……この子、鬼じゃない!」

「鬼……?」

「鬼は都会にしかいないって話だったけど……。最近桓武天皇が近くを訪れたらしいから、その護衛中に襲われたのかも」

「早く村へ行って手当てをしてあげよう」

 桓武天皇……?
 一度だけ聞いたことがある。
 鬼の全盛、平安の世の天皇……。
 いや、でも桓武天皇が実在していた頃なんて何百年も前の話で……。

「とにかく村へ運ぶぞ。夜になったらあやかしに襲われちまう」

 わらわは気付いた。
 お母さんはわらわを平安時代に移動させた。
 何のために……

 崩れかけのドミノを引き抜くように、わらわの意識は途切れた。