冷徹だと言われた王は、田舎の少女を溺愛する

俺は玄関で服装を整えている星藍に
「行くぞ」
と声をかけた。
今思えば、星藍の社交界デビューまでとんとん拍子に話が進んできたと思う。
村の祭りで出会ってから、花嫁になるように誘い、作法の授業を受けさせ、パーティへ……。
今までいろいろなことがあって忘れかけていたが、星藍は、"精神破壊の異能"とやらを持っているらしい。
それがどういうもので、どんなことに使うのかまではわからないが…。
「ふふ。どうされましたか?」
ふわふわのドレスを着て笑う星藍がとても愛らしい。出会ってから、はや二ヶ月以上経っただろうか。
作法も板に付いていて、佇まいに隙がない。
側から見れば、どこかの御令嬢かというくらいだ。
「いや…。今日は農民だということを忘れろ。これからもずっとだ。そして、楽しもう!」
俺がそういうと、星藍は一瞬曇った表情を見せたが、すぐに笑顔になり、
「はい!」
と言った。そして、車に乗った。
俺は車の窓から会場が見えるのを確認して、星藍を呼ぶ。
「窓から見てごらん」
俺が一際大きな建物を指差していう。
「あれが今回の会場だ」
そういうと、星藍は驚きが隠せないようだった。
俺は星藍をじっと見つめる。
(幸せだが…、何かモヤモヤする……)

一方、会場ではー
「今日のパーティ、皇帝陛下も来るんですってよ」
「まあ、鬼帝様が?!」
婦人のその一言であたりがざわつき始める。鬼帝様のイメージはみんなの中ではすごく悪いからだ。
「しかも、今回、婚約者を連れているんだとか」
ひそひそと噂話は進んでいく。
「その方、生まれの故郷では忌み嫌われているらしいわね」
「本当に?顔が気持ち悪いのかしら」
あっている噂も中にはあるが、ありもしない噂も飛び交っている。
こうして、星藍の初めての最悪なパーティ会場が完成してしまったのだった。

「わぁ……!」
私がパーティ会場の建物の前に立つと、そこはまるで別世界だった。
村にはないような街灯が立っていて、建物は煉瓦造りだ。明らかにお金がかかっているのがわかる。
「まず主催者に挨拶しにいくぞ」
冷様に手を取られて、私は歩く。主催者への挨拶だ。
(緊張する……)
私が緊張でガチガチになっているのに気づいたのか、冷様は、
「そんな緊張しなくて大丈夫だ。話すのはたいてい俺だしな」
と言ってくれた。その言葉が温かくて、嬉しい。
(やっぱり、この気持ちが好き…なのか…)
私はそう確信して、決心する。
(パーティが終わったら、気持ちを伝えましょう!!)
心の中でガッツポーズをして、そう宣言した。そんなどうでもいいことを考えているうちに、主催者の元へとついてしまった。
冷様が控え室をノックする。
「失礼します」
冷様が頭を下げて入ったので、私も頭を下げる。すると、そこには主催者と思われる男が立っていた。
「鬼帝様、本日はありがとうございます」
そう言った彼に、鬼帝様は、
「よせ、昔馴染みだろう?」
と言った。すると、彼は、
「では、日之影様で」
と言った。二人は笑い合っている。私はどうしたらいいのかわからなかった。
「こちら、我が婚約者、星藍です」
困惑しているときに、冷様が私のことを紹介する。私はドレスの裾を摘んで、
「星藍と申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
そう言って頭を下げた私。頭の中は、混乱でいっぱいだ。
(合っているよね…?)
どくどくと心臓が跳ねる。すると彼は、
「こんな綺麗な婚約者がいたとは!」
と笑った。私はそれに対して、あははと笑う。
約十分間の主催者との面談は終わり、パーティ会場へ移ったのだった。

「鬼帝様が入られます」
主催者の従者がそう言った。すると、全員が道を開ける。
「鬼帝様、本日は来ていただき、ありがとうございます」
主催者が礼をする。すると、冷様は、
「いい。俺も楽しむことができて嬉しい」
と言った。すると、周りの人たちは冷様の表情をちらちらと伺う。
「……」
伺うだけで、誰も何も言わない。すると、
「こちらは俺の婚約者、星藍です」
冷様に紹介されて、私は礼をする。習った通りに、美しく。
すると、みんなの視線が私に向く。
「…あの子、農民の子」
「なんで社交界というこの場にいるのかしら」
と悪口を言われる。私は今すぐ逃げ出したい気持ちになる。
「…そういえば、鬼帝様、嬉しいって言っていたけれどねぇ…」
「……"冷徹"という噂は本当なのね」
その瞬間、私の中で何かがぷつんと切れた。
別の何かに体を支配される。私はその感覚に流されるままだった。支配されているはずなのに、意識はある。
「…あんたたち」
私の口から出たのは、予想以上に低い声。明らかに自分のものじゃない。そして、冷様や婦人たちは驚いた顔でこちらを見ている。
私は直感で思った。
(逃げて!)
もちろん、その言葉は伝わらない。
「なんで私の悪口を言うのよ」
私じゃない"私"はそう言った。その言葉に婦人たちも冷様も目を丸くしている。
「だって…」
「言い訳を言わないでちょうだい。…"精神破壊"」
その瞬間、婦人は倒れて、動かなくなってしまった。ただの人形のように。
(これが、精神破壊の異能…)
私はその恐ろしい力にゾッとした。すると、冷様が近づいてきた。
「誰だお前。星藍とは違う匂いだ」
(匂い…?)
私はその言葉を聞いて不思議に思う。人の匂いなんて人間にはほとんどわからないはず。
「知らないわ。とりあえず、私の悪口を言った奴は皆、精神を破壊してあげる」
そう言った瞬間、他の婦人もどさっと倒れる。私は必死に止まれと念じるが、それは一切通用しない。
素敵なパーティが壊れてしまった。
「…ふん、そうか。"目隠し"」
その瞬間、他の人から私たちの姿は見えなくなったのだろう。みんなはきょろきょろと私たちの姿を探している。
すると、冷様が、
「すぐに戻る。皆は、広場の真ん中に集まっていてくれ」
と言った。みんなは真ん中に集まりだす。冷様はそれを確認して、私に向き直る。正確には私じゃないが。
「お前は匂いが違う」
冷様は私を指差してそう言う。
「匂いなんてなんでわかるんだい?」
私じゃない私はそう答えた。その疑問は私も思っていたものなので、ちょうどいいと思う。
「なんで…俺は、鬼だからだ」
すると、彼の額から真っ黒な角が生える。そして、目は赤く染まる。見た目が変わったのはそのくらいだが、うちに秘めている力が前よりも解放的になっている。これは私が見ても分かる。
「鬼…」
私じゃない私は驚いて固まっている。鬼というのがそれほど衝撃的なのだろうか。私はそれほど怖くはない。驚きはしたが。
「昔、俺の先祖を辿ると、精神破壊の異能を持った妻がいた。その妻は、鬼である先祖に助けてもらったらしい。そして、永遠の愛を誓った。……星藍、俺はどうしようもないくらい好きだ。俺は星藍を守りたい」
それは私じゃない私ではなく、星藍という私自身に訴えていた。
(私もです。心から愛しています…)
私はその言葉がすっと出てきた。
すると、私じゃない私はグッと苦しみ始める。すると、冷様が近づいてきて、私をぎゅっと抱きしめる。
「なにするんだい!」
私じゃない私は必死に突き放そうとするが、冷様がそれを防ぐ。
「星藍、俺の力を送る。内側から脱出するんだ」
そう言われた。私の元へ明るくて温かな力が降り注いでくる。私はそれを内側に取り込み、脱出を試みる。
「ちょこまかとうるさい蝿だね!お前の精神も破壊してやる!」
私じゃない私はそう叫んだ。私は、
(やめて!冷様に手を出さないで!)
と叫び、掴めもしない空中に手を翳した。すると、
「ぐおぉぉぉぉぉぁぁぁぁああああ!」
凄まじい雄叫びを上げて、私じゃない私はかき消されて行った。
おそらく、私の思いの強さに負けたのだろう。
「冷様…!」
私は冷様に駆け寄って、抱きしめる。すると、冷様はとんっと私を放す。
「俺がこんなんでは怖いだろう?」
そう聞かれたが、私の答えは最初から一つに決まっている。
「怖くなんかありません。私は冷様が、どんな冷様でも大好きです」
そう言うと、冷様は涙を流し始めた。
「ありがとう」
そう言って私たちは抱き合った。
目隠しの術をとき、精神を破壊された婦人たちが目の前に出てくる。
冷様は、
「さっき俺が上げた力を二人に送ってみて」
そう言われて、私は二人に手を翳して、力を送る。手を通して力が流れていくのがわかる。
「ん…」
「ここは…?」
二人は起きた。記憶は冷様が消しておいたらしい。
「全部、全部冷様のおかげです。本当にありがとうございます」
私がそう言うと、冷様は笑って、
「俺は素敵な人を妻にできるようだ」
と言った。