黒蛇様と契りの贄姫

 もう、この優しい人に心配をかけたくなかった。辛い顔をさせたくなかった。さきほどは、自分の他にも贄がいた事実に戸惑ってしまったけれど――さしたる問題ではないではないか。自分はただ、この人の期待に応えて贄姫の務めを果たす。この人が守る黒姫国を共に守る一員になれたら、それで充分なのだ。それ以上、何を望まない。

 花緒は気持ちが温かいもので満たされていく。いつの間にか涙も止まっていた。間近にある桜河を見上げ、泣き笑いの笑顔を浮かべる。

「桜河様。約束いたします。もう、ご心配をおかけしないと」

「……っ」

 桜河が、花緒の笑顔を凝視する。その耳元が赤くなっている状況に、花緒は気が付かなかった。

 部屋の障子から、夕暮れの穏やかな明かりが畳に差し込んでいる。長く伸びた二人の影は、お互いの信頼を深め合うように見つめ合っていた。

 やがて桜河はそっと花緒の身体を離す。立ち上がると、花緒を振り返った。

「では、俺はこれで失礼する。おまえはゆっくりと休んでくれ」

「はい。そばに付いていてくださり、ありがとうございました。では、また後で」

 〝また会いたい〟という言葉が無意識に出て、花緒はそんな自分に驚いてしまう。なんとも恥ずかしくなってしまうが、もう引っ込みがつかない。じんわりと顔が熱くなる中で、桜河の反応を待つ。彼も少し驚いたように目を見開いた後、優しく瞳を細めて微笑んだ。

「……ああ。また後で」