黒蛇様と契りの贄姫

 それは優しい仕草だったが、不思議と花緒の目頭に涙がこみ上げた。

「終わったことではない」

 桜河の声は静かだった。

「……すまなかった」

「え……」

 予想だにしなかった桜河の謝罪の言葉に困惑する。

「何となくわかってはいたのだ。俺に話せないことがあるのだろうと。そしてそれが、きっと現世に関わる話なのだろうと。現世の話をすると、おまえの笑顔が曇ってしまうから」

「桜河様……」

 桜河の困ったような微笑みに、花緒は顔を伏せてしまう。

「だからおまえの過去に踏み込んで、その笑顔が二度と俺に向けられなくなったらと考えると、怖くて聞けなかった。もっと早く向き合えば、おまえをあんなにも苦しませずに済んだはずだ。現世で笑えなくなったのも、ずっと無理をして取り繕ってきたのも、全部――俺のせいだ」

 自責の念に駆られる桜河に、花緒は大きく頭を振る。

「違います! 常世で皆さんと触れ合ううちに、私は少しずつ自分を取り戻せたのです。桜河様にいちばん伝えたいのは、感謝の気持ちです。だからこそ、お役に立ちたかった。それなのに――!」

 〝浄化の儀〟の失敗が花緒の脳裏をよぎる。悔しかった。桜河のために自分ができることは、彼の贄姫として毒気の浄化を成功させることだけだったのに。

「花緒……」

 悔し涙をこぼす花緒を、桜河はただ一心に見つめていた。桜河の胸の奥に、重い痛みが広がっていく。彼女がどれほどの孤独と苦しみに耐えてきたのか――ようやく、痛いほどにわかったからだった。