黒蛇様と契りの贄姫

 花緒は慌てて着物を直そうとしたけれど――いつの間にか目を覚ましていたらしい桜河のまなざしがそこに止まるのに、ほとんど間を要さなかった。

「……花緒。それは」

 低く穏やかな声。花緒が悪あがきのように袖を引き上げるより前に、桜河は小さく息をついた。

「すまない。驚かせるつもりはなかった。ただ、目に入ってしまってな」

(もう、隠すことはできないかもしれないわ……)

 古傷が彼の目に留まってしまった以上、誤魔化すことはできないだろう。優しく話を聞いてくれようとしている彼の気持ちを裏切りたくなかった。

(どうしてだろう。桜河様に、聞いてほしい――)

 彼に責任を感じさせてしまうかもしれない。けれども、それ以上に彼に自分のことを知ってほしいと花緒は思ってしまっていた。浄化の儀の出来事で、心が弱っていたからかもしれない。誰かに聞いてほしかったのかもしれなかった。……他でもない、桜河に。花緒はぽつぽつと話しだす。

「これは、昔の……泉水家にいた頃の傷です」

「っ、やはり……」

「出来が悪いと叱られて、時々、物で叩かれました。お見苦しいものを見せて申し訳なかったのですが、さきほどの古傷のように跡が残るほどのこともあって……。でも、もう終わったことです」

 泣きたい気持ちを堪えて、花緒はきっぱりと言い切った。笑おうとした花緒の頬に、桜河の指がそっと触れる。