黒蛇様と契りの贄姫

 花緒は桜河から大鳥居へと目線を戻す。今は浄化の儀に集中するべきだ。

 蛇門――現世から常世へ人の霊魂が通る境界。青い光を放つ花弁が周囲を舞う。それが大池の水面に映り込む幻想的な風景の中、花緒は神楽鈴を持つ手に力を込めた。

 大池を吹き抜ける風が、花緒の巫女装束を緩やかに煽る。肌がひりつくほどの毒気が辺りを漂っている。

 桜河や梵天丸のように高位の妖魔でなければ正気を保てないだろう。花緒は妖魔ではないため直接毒気の影響を受けない。

 けれども、妙な圧迫感や吐き気を感じていた。毒気は、人間にとっても良い影響をもたらすものではないのだろう。

 花緒は蛇門から目を離し、周囲を窺った。

(あ……!)

 気がつけば、どこからともなく霊魂たちが集まって来ていた。淡い光をまとった人影たちだった。老いも若きも、男も女も。その姿は白い靄のように透けていて、数歩先を見つめれば輪郭がほどけてしまいそうだ。まるで妖の王である桜河と贄姫の花緒に吸い寄せられるようだった。

(あれが霊魂……。どうしてだろう。怖くない。むしろ、胸の奥があたたかい)

 何らかの出来事で現世で命を落とし、転生のために常世にやって来たばかりの者達だ。怖くないのは、それが自分と同じ人の魂であるからだろうか。

 彼らの霊体からは、毒気の黒い靄が立ち込めている。濃度はそれぞれ違うようだが、皆等しく毒気を放出している。

 霊魂たちは大池のほとりに跪く。皆、水面に向かって白い手を伸ばしていた。