黒蛇様と契りの贄姫

 花緒は桜河に寄り添うように立つ。すると桜河がおもむろに花緒の肩に手を回した。きっと転移の際にはぐれてしまわないようにするためだろう。けれども花緒は不意打ちにどきりと心臓が飛び跳ねる。近頃は桜河の一挙一動に翻弄されている自分に気づく。

 ――自分は一体、どうしてしまったのだろう……。

 気持ちの動揺に戸惑うばかりだ。

 それを考えている間に、花緒を支える桜河の周囲に桜の花びらが舞い踊った。視界を覆い尽くすほどの桜吹雪。桜河の妖力が発動したのだとわかる。

(あれ? この花びら、どこかで――)

 巫女装束の千早の裏側に潜ませている花びら。自分が現世から常世に持参したものだ。目の前を舞う花弁は、それに酷似している気がする。まるで桜河の瞳のような金を淡く含んだ白――光を受けるたび、まるで息をしているようにふわりと揺れた。桜河の妖力と何か関係があるのだろうか。

 花緒が思考していると、やがて桜吹雪が収まった。さきほどまで桜河の屋敷だった景色が様変わりしている。

(ここは……)

 周囲に立ち込める白い濃霧。自分の足もとが見えないほどだ。空はじっとりとした曇天。左右は鬱蒼と茂る雑木林に囲まれている。目の前には林の奥へと続く一本道。道の先は靄に覆われていて目視できない。もしかしたらここは、蛇門のある禁足地への入り口であるのかもしれない。

 梵天丸を肩に乗せた桜河が振り返る。

「花緒。行こう。足元に気をつけて」

「し、承知いたしました」

 慣れているのだろう、ためらわずに歩き始めた桜河に、花緒も慌ててついていく。