黒蛇様と契りの贄姫

 あっという間に時刻は夕刻となった。桜河とふたりで巡る市場は楽しかった。

 農家の女の売る野菜や果物、茶葉の鮮度を目で確かめ、魚屋の漁師からはこのところの漁の話を聞いた。歩き疲れれば、桜河と並んで食事処に入り蕎麦を食べ、甘味処で焼き餅を分け合った。桜河が市場に足を運んだのは視察を兼ねていたのだ。自らの国を自らの足で歩く桜河の姿に、花緒は感心しきりだった。

 そうして花緒と桜河は、町外れにある港にやって来ていた。川沿いにある水辺の石段には、小舟が何隻も並ぶ。船頭が荷を下ろす音や、人足たちが忙しなく行き交う足音が響く。港には魚の生臭さと干物の香ばしさが入り混じり、漁師たちは網の手入れに余念がない。川向こうの山並みには、夕陽が沈みかけていた。

 花緒と桜河は路地の石段に腰を下ろし、港の人々の営みを見守っていた。

「……キレイですね、桜河様」

「ああ。時がゆっくりと流れていくようだな」

 川面に目をやりながら、桜河が答える。夕陽に縁どられた桜河の横顔は美しい。その輝きは彼の整った外見だけではなく。彼の内面の美しさの輝きでもあると今ならわかる。国主としての立ち振る舞いが、彼に冴え渡る輝きを添えているのだろう。

(私、本当に、桜河様に贄姫に選んでいただけたことを誇りに思うわ)

 現世で虐げられていた毎日も、ただ苦しかっただけではなく、意味のあるものだったのだと感じ始めていた。

 花緒は隣の桜河を見上げる。

「桜河様。本日は市場へ連れてきてくださってありがとうございます。とても楽しかったです。桜河様の治める国の内情をまた一つ知りました」

「そうか。たくさん連れまわしたからな、疲れてしまったのではないかと心配していた。おまえが楽しかったのなら、良かった」