黒蛇様と契りの贄姫

 桜河が息一つ乱れず戻り、花緒に手を差し伸べる。

「無事か、花緒」

「は、はい。桜河様こそお怪我は?」

「問題ない。あまり苦しまずに葬れたはずだ」

 桜河はさらっと答えたが、どこか切なげな表情をしていた。

 狂妖に堕ちてしまった妖魔を無に還すこと――妖の王として責任を感じているのかもしれない。彼は本当に優しいのだ。

 山吹が戻り、地上に舞い降りた。

「避難完了! ああ、こちらも無事に終わったみたいだね。花緒ちゃん、無事?」

「はい……怖かったですが、浄化の大切さがわかりました。連れてきてくださって感謝します。本来ならお団子屋さんで待機のご命令もできたのに」

 桜河が首を緩く左右に振る。

 花緒が静まり返った町並みを見渡していると、背後から山吹の穏やかな声が届いた。

「……桜河は、花緒ちゃんに常世の〝今〟を見せたかったんだろうね」

 花緒が振り返ると、山吹は柔らかく目を細める。

「見ただろう? 町は穏やかで、妖たちも平和に暮らしている。ときおり狂妖が現れることもあるが、それも桜河が毒気の蔓延を抑えているから最低限なんだ。だから常世は、こうして平穏が保たれているんだよ」

 山吹の言葉に花緒は胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。桜河の物静かさの裏にある意思を、ようやく理解した気がした。山吹が続ける。

「君のもつ贄の力は、〝常世へ送られてきた魂の浄化が唯一にして最大の能力〟なんだ。〝一度狂妖に堕ちてしまった妖魔は元に戻せない〟。おれの父親がそうだったようにね」

「はい……」

「まあ、桜河なら狂妖の毒気さえも肩代わりするのはできなくもないだろうけど……ただそれは、桜河が特別なだけ。妖の王でも普通はそんな無茶苦茶はできないし、狂妖の毒気は魂の比じゃないから、もし桜河がやるといってもさせられない」

「そのように口うるさくしなくともわかっている。今回も〝浄化〟ではなく〝虚葬〟をして狂妖の魂を無に還したぞ。毒気を肩代わりするようなことはしていない」

 桜河がむっとして答える。さきほど山吹の言葉にあった、桜河が弟分で山吹が兄貴分という関係性を感じた気がした。