黒蛇様と契りの贄姫

 山吹が軽く笑って顔の前で手を振る。

「おれは桜河の補佐をしているだけの身だから、そんなにかしこまらなくていい。山吹でいいよ」

「で、ですが……」

 花緒が戸惑うと、桜河が静かに口を開く。

「山吹の言うとおりだ。おまえは俺の贄姫。誰かに頭を下げる立場ではない」

「し、承知いたしました。それではお言葉に甘えまして、山吹、さん」

「うん、それで十分だよ。じゃあ行こうか」

 山吹が柏手を叩くと、背に立派な羽が現れる。桜河もまた黒蛇の鱗が肩に浮かび、妖気を纏った。

「花緒、手を貸せ」

 桜河が穏やかに右手を差し出す。彼から自然と差し出された手に、花緒は気恥しくて頰を染める。桜河は本当に、自分のことを大切にしてくれる。〝贄の契り〟でおこなった約束を守ってくれていて、嬉しくて心がくすぐったかった。

 花緒は、桜河の手に自分のそれを重ねる。

 山吹は軽く笑い、

「おれは町の周囲を見張るよ。後ろからついていく」

 と位置についた。桜河が短く呪文を唱える。柔らかな風が巻き起こり、花緒の身体が浮かぶ。桜河の妖力で支えられ、空へ舞い上がった。山吹の羽音が後ろから聞こえる。高度が上がると、常世の町並みが眼下に広がった。黒塀の屋敷、瓦屋根の町家、川沿いの柳。花緒は息を呑む。

「綺麗……。ここが桜河様の国なのですね」

「ああ。おまえが守る国でもある」

 桜河の声が優しく響く。花緒の胸が温かくなる。

 自分の存在も認めてもらわれている――そう感じたからだ。