黒蛇様と契りの贄姫

 ある日の昼下がり。家庭教師の講義の初日を迎えた花緒は、教師の待つ座敷へ向かっていた。ひとりで縁側を歩いていると、中庭で庭作業をしている妖魔や、洗濯小屋で物干し竿に洗い物を干していた妖魔が手を振って来る。

(ふふふ、皆さんとも少しずつ仲良くなれているのかな)

 花緒は、そのような些細なやり取りが嬉しかった。泉水家にいた頃は自分に手を振ってくれる者などいなかったから。

 中庭を過ぎて、家庭教師の待つ座敷へ到着する。

(常世での先生……。どのような方なのだろう?)

 花緒は、興味と不安がない交ぜになった気持ちで障子の前に膝をつく。

「先生。花緒でございます」

「おお。お待ちしておりましたぞ。どうぞお入りなされ」

 室内からしわがれた声が返ってくる。どうやら家庭教師は老人であるらしい。

 花緒が静かに障子を開けると、部屋の中央に置かれた黒塗りの卓の奥に老齢の翁が座していた。好々爺然とした風貌をしており、小柄な背丈で顎には長い白髭を生やしている。何より特徴的なのは身長に対して大きな禿げ頭だ。

 翁は入室した花緒を見ても動じずに、筒状の湯呑みからのんびりとお茶を啜る。

「ほっほっほ。これはこれはようこそいらっしゃいました。お初にお目にかかる。儂が花緒様の家庭教師を務めさせていただく爺じゃ」

「あの、先生も妖魔でいらっしゃるのですか?」

「左様。わしはぬらりひょんじゃからな。妖魔の中でも長く生きとるぞ。ざっと千年は生きとるわい」

「えっ……!」