「そう、なのですか……?」
「ああ。儀式はすぐに済む。準備をするから、少し待っていてくれ」
彼はゆるやかに立ち上がり、すらりとした指先で帯の結び目を解いた。
花緒は息を呑む。次の瞬間、桜河が上衣を脱ぎかけ、引き締まった上半身が露わになった。
「――え、ええっ! お、桜河様、な、なな、何を……っ!」
(や、やはり、〝贄の契り〟とは桜河様とそのような行為を――?)
いよいよ混乱に陥った花緒は、顔から火が出そうになり、思わず両手で顔を覆う。
「ご、ごめんなさい! 私、その、こういった経験がなく……。桜河様をご満足させられるかどうかも自信がな、なく……!」
「花緒、さきほどから何を言っている? 満足とはどういう……?」
桜河は困惑した顔で首を傾げ、少し間を置いてから、ようやく花緒の勘違いに気づいたようだった。眉がぴくりと動き、慌てて袂を戻す。
「ま、待て! 違う、誤解だ。これは、これから〝契り〟を行う前に身体への負担を減らそうと、少し着衣を緩めただけだ。おまえに何かしようという話ではない、断じて!」
「えっ、そう、なんですか……?」
花緒は指の隙間からおそるおそる覗き見て、真っ赤なまま体を縮こませる。桜河もまた、意識をしてしまったのか気恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
桜河は思わず息を吐き、わずかに口元を緩める。
「……なんというか、おまえは本当に考える方向が極端だな」
「うう、穴があったら入りたいです……」
(それにしても、さきほどの桜河様の胸もと――)
顔を覆っていた指の隙間からしっかりと見てしまったのだが、桜河の胸もとには、自分と同じ桜の痣が覗いていた。妖の王とその贄姫は、その繋がりを示すものとして同じ痣を持っているのかもしれない。
微笑ましい空気がふと流れ、儀式前の張り詰めた空気がわずかに和らいでいく。
気を取り直した桜河は、飾り棚に置かれていた朱色の漆塗りの大盃を手に取った。それを花緒の待つ卓の上に下ろした後、再度飾り棚に向かい、今度は白い無地の酒器を手にして戻って来る。
それらの卓の上に並べた桜河。卓を挟んで花緒と桜河は正座をして向き合う。静寂がふたりの間に流れる。聴こえてくるのは、裏庭で密かに鳴く虫の音だけ。部屋の隅に置かれた行燈の灯りがゆらゆらと揺れ、花緒と桜河の陰を伸ばしている。
桜河が深く息を吸い込んだ。
「――では、これより〝贄の契り〟を執り行う」
花緒は指先を床に揃え、深々と頭を下げて応えた。
固唾を呑んで見守る花緒。桜河は酒器を手に取ると、中に入っていた御神酒を盃へ流し込んだ。透明な清酒は、朱塗りの盃に注がれて緩やかに水面を揺らしている。
桜河は胸元から古刀を取り出すと、その刃で指先を僅かに切った。
彼の血が一滴、御神酒の中心部に落ちる。赤い一点はすぐに溶け込み、清酒は元の透明さを取り戻した。桜河は片手で盃を示す。
「妖の王である俺の血を混ぜ込んだ神酒を飲み交わす。それが妖の王と贄姫の贄の契りだ。これを行えば契約は成る」
「承りました。御神酒でございますね」
「酒が苦手なら無理に呑む必要はない。口に当てるだけで大丈夫だ」
未だ酒を知らない花緒は、無意識に緊張した表情を浮かべていたらしい。桜河が少しだけ微笑みながら助け舟を出した。
「まずは贄姫である花緒から盃の酒に口に当ててくれ」
「承知いたしました。頂戴いたします」
「ああ。儀式はすぐに済む。準備をするから、少し待っていてくれ」
彼はゆるやかに立ち上がり、すらりとした指先で帯の結び目を解いた。
花緒は息を呑む。次の瞬間、桜河が上衣を脱ぎかけ、引き締まった上半身が露わになった。
「――え、ええっ! お、桜河様、な、なな、何を……っ!」
(や、やはり、〝贄の契り〟とは桜河様とそのような行為を――?)
いよいよ混乱に陥った花緒は、顔から火が出そうになり、思わず両手で顔を覆う。
「ご、ごめんなさい! 私、その、こういった経験がなく……。桜河様をご満足させられるかどうかも自信がな、なく……!」
「花緒、さきほどから何を言っている? 満足とはどういう……?」
桜河は困惑した顔で首を傾げ、少し間を置いてから、ようやく花緒の勘違いに気づいたようだった。眉がぴくりと動き、慌てて袂を戻す。
「ま、待て! 違う、誤解だ。これは、これから〝契り〟を行う前に身体への負担を減らそうと、少し着衣を緩めただけだ。おまえに何かしようという話ではない、断じて!」
「えっ、そう、なんですか……?」
花緒は指の隙間からおそるおそる覗き見て、真っ赤なまま体を縮こませる。桜河もまた、意識をしてしまったのか気恥ずかしそうにそっぽを向いていた。
桜河は思わず息を吐き、わずかに口元を緩める。
「……なんというか、おまえは本当に考える方向が極端だな」
「うう、穴があったら入りたいです……」
(それにしても、さきほどの桜河様の胸もと――)
顔を覆っていた指の隙間からしっかりと見てしまったのだが、桜河の胸もとには、自分と同じ桜の痣が覗いていた。妖の王とその贄姫は、その繋がりを示すものとして同じ痣を持っているのかもしれない。
微笑ましい空気がふと流れ、儀式前の張り詰めた空気がわずかに和らいでいく。
気を取り直した桜河は、飾り棚に置かれていた朱色の漆塗りの大盃を手に取った。それを花緒の待つ卓の上に下ろした後、再度飾り棚に向かい、今度は白い無地の酒器を手にして戻って来る。
それらの卓の上に並べた桜河。卓を挟んで花緒と桜河は正座をして向き合う。静寂がふたりの間に流れる。聴こえてくるのは、裏庭で密かに鳴く虫の音だけ。部屋の隅に置かれた行燈の灯りがゆらゆらと揺れ、花緒と桜河の陰を伸ばしている。
桜河が深く息を吸い込んだ。
「――では、これより〝贄の契り〟を執り行う」
花緒は指先を床に揃え、深々と頭を下げて応えた。
固唾を呑んで見守る花緒。桜河は酒器を手に取ると、中に入っていた御神酒を盃へ流し込んだ。透明な清酒は、朱塗りの盃に注がれて緩やかに水面を揺らしている。
桜河は胸元から古刀を取り出すと、その刃で指先を僅かに切った。
彼の血が一滴、御神酒の中心部に落ちる。赤い一点はすぐに溶け込み、清酒は元の透明さを取り戻した。桜河は片手で盃を示す。
「妖の王である俺の血を混ぜ込んだ神酒を飲み交わす。それが妖の王と贄姫の贄の契りだ。これを行えば契約は成る」
「承りました。御神酒でございますね」
「酒が苦手なら無理に呑む必要はない。口に当てるだけで大丈夫だ」
未だ酒を知らない花緒は、無意識に緊張した表情を浮かべていたらしい。桜河が少しだけ微笑みながら助け舟を出した。
「まずは贄姫である花緒から盃の酒に口に当ててくれ」
「承知いたしました。頂戴いたします」
