黒蛇様と契りの贄姫

 いつまでも棒立ちしていては逆に迷惑をかけてしまう。そう改めた花緒は、桜河に示された膳の前に座する。
 桜河が、花緒が腰を下ろしたのを確認すると、皆の顔を見まわした。

「皆、用意はよいか。これから花緒が贄姫として共に暮らす。仲良くしてやってくれ」

「精いっぱいお役目を全うさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします」

 花緒は誠意が伝わるよう、床に指を揃えて深々と頭を下げる。挨拶が終わると、皆が前の目で静かに膝を正した。主人の桜河が箸を手に取ると、皆がそれに倣って箸を持つ。

「では、いただこう」

 桜河が一礼して、膳の物をひと口、静かに口に運ぶ。それを合図に、山吹、蘭之介が慎ましい所作で膳に手を伸ばした。花緒もまた漆黒のお膳の上に目を向け、並べられている四季折々の料理の数々に目を奪われた。
 炊き立ての白米からは、白い湯気が上がりほのかに甘い香りがする。隣には豆腐と茸の味噌汁、主菜はこんがりと焼かれた塩鮭だ。
 小鉢には柔らかく煮込まれた里芋と蓮根、香の物は胡瓜の漬物、さらに鶏肉と野菜の小鍋も添えられている。
 いつもの夕餉も丁寧に作られたものだけれど、今日は大人数で食事をいただくからかさらに豪勢であるようだ。今宵は清酒の瓶も用意されている。
 泉水家では、玄米や雑穀米、それに豆腐や野菜料理が中心だった。
 贄姫として最低限の食事は保証されていたものの、栄養価の高い白米や肉や魚は花緒の膳には並ばなかった。だから、目の前の色とりどりの料理の数々に気後れしてしまう。
 花緒はおそるおそる桜河に窺う。

「あの、桜河様。このような貴重なお料理を私などが口にしてよろしいのでしょうか?」

「どうした。口に合わないか?」

「と、とんでもございません! とても美味しそうなお食事で見惚れてしまって」

 花緒は、自分の失言に唇を噛む。
 自分は桜河の贄姫なのだ。家族から冷遇され虐げられていた娘が贄姫と知れ渡れば、桜河の信用が揺らぐ。
 周囲には「選ばれるべくして選ばれた人間」と思わせねばならない――現世の古い伝承すら怪しい今、贄の真実を知る花緒ならなおさらだ。