(なんだか、予想もしなかった展開になってしまったわ……)
屋敷の奥深く。静まり返った湯殿で、花緒は白木の湯舟に浸かっていた。ほどよく温められた湯から、ゆらりと立ち上る白い蒸気。それをぼんやりと見つめながら、花緒は今までの出来事を振り返っていた。
泉水家で白打掛を着せられ、仄暗い森に現れた大池で黒蛇に出会い、そうして常世の町を抜けて屋敷へと連れられた。桜河から贄姫の役目を聞かされるまでは、妖の王に喰われて自分の命などとうに終わっているはずだったのに――。
(これからが、贄姫としての務めの始まりなんだ)
浄化の巫女として、北の門から入り込む邪気を清める。自分の唯一の特技である神楽を舞い、桜河や常世の者達の力になるのだ。
(私にしか、果たせない務め……)
上手くできるだろうか。自分などで桜河の期待に応えられるだろうか。
不安はあるけれど、それ以上に、自分がここにいても良い理由を与えられたようで嬉しかった。ここまで来たら、自分にできる限りを尽くすしかない。それが自分に居場所をくれた桜河への恩返しだ。
(それに黒蛇様、妖の王として毒気を体内に溜め込んでいるとおっしゃっていたわ)
さきほどの表座敷で聞いた桜河と梵天丸の話。贄が現れるまでは、妖の王が常世の毒気を背負っていたのだ。桜河には、自分が想像もできないほどの負担が掛かっているのだろう。彼に恩を返すためにも、一刻も早く力になりたかった。
そこでふと、花緒はこれまでの出来事を心に浮かべた。
(……そう言えば、黒蛇様は私が贄姫としてお役に立つためには贄の契りというものを交わす必要がある、とおっしゃっていたような)
それはどういったものなのだろう。自分と桜河は既に交わしているのだろうか。おそらく贄の契りを終えていなければ、自分は桜河の力にはなれないのだろう。
(頃合いを見て、今度夕餉をご一緒した時にでも黒蛇様に窺ってみよう)
花緒は木桶に湯を汲んで身体を流すと、足早に湯殿を後にした。
その翌日から、花緒は毎日の夕餉を桜河と共に取るようになった。
少しでも花緒に屋敷の環境に慣れて欲しいという桜河の配慮であった。
桜河からは、この屋敷の住人となったのだから黒蛇ではなく桜河と名で呼ぶように許可された。初めこそ花緒は桜河を名で呼ぶなど恐れ多くてできないと丁重に断ったが、桜河が不服そうにしていたので素直に従った。初めて「桜河様」と呼んだときは、言いようのない気恥ずかしさがこみ上げてしまったものであるが、それにももうすっかり慣れた。
屋敷の奥深く。静まり返った湯殿で、花緒は白木の湯舟に浸かっていた。ほどよく温められた湯から、ゆらりと立ち上る白い蒸気。それをぼんやりと見つめながら、花緒は今までの出来事を振り返っていた。
泉水家で白打掛を着せられ、仄暗い森に現れた大池で黒蛇に出会い、そうして常世の町を抜けて屋敷へと連れられた。桜河から贄姫の役目を聞かされるまでは、妖の王に喰われて自分の命などとうに終わっているはずだったのに――。
(これからが、贄姫としての務めの始まりなんだ)
浄化の巫女として、北の門から入り込む邪気を清める。自分の唯一の特技である神楽を舞い、桜河や常世の者達の力になるのだ。
(私にしか、果たせない務め……)
上手くできるだろうか。自分などで桜河の期待に応えられるだろうか。
不安はあるけれど、それ以上に、自分がここにいても良い理由を与えられたようで嬉しかった。ここまで来たら、自分にできる限りを尽くすしかない。それが自分に居場所をくれた桜河への恩返しだ。
(それに黒蛇様、妖の王として毒気を体内に溜め込んでいるとおっしゃっていたわ)
さきほどの表座敷で聞いた桜河と梵天丸の話。贄が現れるまでは、妖の王が常世の毒気を背負っていたのだ。桜河には、自分が想像もできないほどの負担が掛かっているのだろう。彼に恩を返すためにも、一刻も早く力になりたかった。
そこでふと、花緒はこれまでの出来事を心に浮かべた。
(……そう言えば、黒蛇様は私が贄姫としてお役に立つためには贄の契りというものを交わす必要がある、とおっしゃっていたような)
それはどういったものなのだろう。自分と桜河は既に交わしているのだろうか。おそらく贄の契りを終えていなければ、自分は桜河の力にはなれないのだろう。
(頃合いを見て、今度夕餉をご一緒した時にでも黒蛇様に窺ってみよう)
花緒は木桶に湯を汲んで身体を流すと、足早に湯殿を後にした。
その翌日から、花緒は毎日の夕餉を桜河と共に取るようになった。
少しでも花緒に屋敷の環境に慣れて欲しいという桜河の配慮であった。
桜河からは、この屋敷の住人となったのだから黒蛇ではなく桜河と名で呼ぶように許可された。初めこそ花緒は桜河を名で呼ぶなど恐れ多くてできないと丁重に断ったが、桜河が不服そうにしていたので素直に従った。初めて「桜河様」と呼んだときは、言いようのない気恥ずかしさがこみ上げてしまったものであるが、それにももうすっかり慣れた。
