黒蛇様と契りの贄姫

 桜河の屋敷に招かれてからというもの、毎日が平穏で小さな幸せを感じる日々だった。贄である自分には充分すぎるほどの贈り物であった。
 桜河も梵天丸も言葉少なで、静かに穏やかな夕餉の時間が流れていった。こうしてふたりと一緒に過ごす時間が、花緒はかけがえのないものに思えた。
 やがて皆が膳の物を食べ終わり、まず桜河が箸を置いた。続いて花緒も最後の一口を食べ終える。全員で膳の前で姿勢を正すと、手を合わせてご馳走様をした。

 ――いよいよ、最期の時だ。

 花緒は居住まいを正すと、三つ指を揃えて桜河と梵天丸に頭を下げる。

「黒蛇様。梵天丸さん。贄姫として丁重に扱っていただきありがとうございました……!」

「……? 何の話をしている?」

 桜河の困惑した声が頭の上に降ってくる。花緒は顔を上げた。

「私は黒蛇様の贄です。ここへ来る間、黒蛇様にはとても良くしていただきました。いつこの身を喰らっていただいても構いません」

「喰らう……?」

 再度頭を下げた花緒に、桜河の怪訝な声が降ってくる。梵天丸も顔を持ち上げた。

「贄姫、喰らうってなんの話ダ? 桜河はそんな野蛮な真似しないゾ」

「え?」

「ふむ。どうも見解に齟齬があるようだな」

 桜河が顎に手を当てる。花緒は姿勢を正して桜河に向き合った。

(見解の齟齬……。いったいどういう状況なの?)

 泉水家に正しい情報が伝わっていなかったのだろうか。