黒蛇様と契りの贄姫

 山吹の父もまた、毒気に蝕まれ、静かに息を引き取ったと聞かされていた。毒を受けすぎた者の行く末は皆、悲しい結末を辿る。贄姫の力が及ばなければ、いつ同じ運命を迎えるかわからない。

「……だが、俺はおまえを選んだ」

「……!」

「これから先、おまえを危険な目に遭わせてしまう場面が増えるかもしれない。それを知りながら、贄姫としておまえを選んだ俺を、どうか許してほしい。この場で打ち明けるのは卑怯だと責められても構わない。それでも──今は心の底から、あの日おまえを選んでよかったと感じている。」

「桜河様……」

「花緒。改めて礼を言わせてくれ。黒姫国を、そして俺を救ってくれて、本当にありがとう。おまえに出会えたことが、俺にとって最大の幸運だ」

 桜河の言葉がひとつひとつ、花緒の胸の奥へ穏やかに染み込んでいく。その温もりが頬を伝い、透明な雫へと姿を変えた。

 ぼやける視界の中で、花緒は涙を止められなかった。

(ああ、私はずっと――)

 求めていたのかもしれない。この言葉を。

 自分が生きていて良い理由を探していたのだと、初めて気づいた。

 贄姫として役に立てなければ、自分に価値などないと信じ込み、必死に努力を重ねてきた日々。知識を得ても、舞を磨いても、妖力を扱えるようになっても、不安は消えなかった。桜河の優しい声が、その凝り固まった心をやわらかく溶かしていく。

 力強く、自分の存在をまるごと肯定してくれるその言葉に、花緒はようやく背負っていた重荷を下ろせた。

 涙を拭おうと伸びた桜河の指が、そっと花緒の頬をなぞる。

「そんなに泣かないでくれ。……おまえの涙を見ると、胸が痛む」

「桜河様……わたしっ……」

「――花緒。聞いてくれ」

 桜河が花緒に向き直る。居住まいを正すと、花緒を真摯に見つめる。

「俺はもう、おまえが悲しむ姿を見たくはない。俺の隣で笑っていてほしい。おまえがここに居ていい理由など、それで充分なのだから」

「桜河、様……」