黒蛇様と契りの贄姫

 その出来事が起きたのは、ある晩のことだった。

 夕刻に出かけた両親が変わり果てた姿となって少年のもとへ戻ってきたのは、深夜を過ぎてからだった。

 結果として、黒姫国を覆っていた強い毒気は払われ、国は救われた。だがその代償として、少年の両親は命を落としてしまったのだ。

***

 それ以来、少年――桜河は黒い衣を身にまとうようになった。両親の死を悼むように。両親の壮絶な死を忘れないために。

 それからというもの、誰かの命が絶えるその瞬間を、この目で見るのがたまらなく怖かった。町で虚葬に立ち会った夜は、いつも悪夢にうなされた。

 それでも彼は、生きる意味を見失わないよう、自らの身を犠牲にして毒気を浄化し続けたのだ。

***

「……情けない話だが〝最強の妖の王〟などと謳われている男は、皆が感じるほど強い男などではないのだ」

 自分の過去を話し終えた桜河に、花緒は静かに寄り添う。

 浄化の儀で父親と母親を失ってしまった過去。それがあったからこそ、桜河は花緒を儀式で失うのを過度に恐れたのだろう。

 ――『二度と失いたくない』。

(あの言葉の裏には、そんな出来事があったんだ――)

 あまりの過去に花緒は言葉が出なかった。桜河に自分以外にも贄姫が居たのだろうかと、邪な気持ちで嫉妬していた自分が恥ずかしくなる。

 桜河が言葉を続ける。

「妖の王の運命は、ふたつにひとつだ。退位して寿命を全うするか、毒気に呑まれて狂妖として果てるか。これまでの常世の王たちの多くは、安らかな最期を迎えられなかった……俺の父と母のように。贄を選ぶというのは、自らの宿命を他者に背負わせる行為に等しいのだ」

「桜河様、そんなにご自分を責めないでください。宿命なら、共に背負います。桜河様がその道を歩まれるのなら、私も歩みます。――それが贄姫としての望みです」

 迷いなく言いきった花緒に、桜河の瞳が揺れる。まるで今までの咎が落ちたかのように、彼は穏やかに目を細めた。

「ありがとう。……俺は、大切な者をこれ以上失うのが怖くて、長いあいだ贄を持つ決意ができなかった。両親のような結末を迎えるなら、誰かを巻き添えにするより、一人で毒気に侵されて死ぬ方がましだと考えていたんだ」

 花緒は息を呑んだ。