黒蛇様と契りの贄姫

 障子を挟んで聞こえてくるくぐもった声。確かに使用人の梅のものだった。花緒が返事をするなり、静かに障子を空けて梅が顔を覗かせる。

「まあまあ! お気づきになられて良かったです! 桜河様が大層ご心配されていて、花緒様の私室で付きっきりで看病したいと駄々をこねていらしたのですよ。ご本人だって病み上がりでいらっしゃるのに。この梅がなんとかあの大きな駄々っ子を諫めまして、わたくしが花緒様の看病に当たらせていただいておりました」

「そ、そうだったのですか……」

(さすがは梅さん。桜河様の扱いに慣れていらっしゃる……!)

 花緒が感心している中、部屋へ入室した梅は、花緒の枕元に盆を置いた。そこには美味しそうに湯気を上げる粥が乗っている。

 少量の野菜や魚の出汁の優しい香りがした。梅が粥の乗った盆を手で示す。

「滋養食を持って参りました。食べられる分だけご無理なく召し上がってくださいませ」

「お気遣いありがとうございます。とても美味しそう」

「良かったです。お食事で少しでもお元気を取り戻されましたら、桜河様のお部屋へお越しいただけませんでしょうか? 花緒様のご無事を大変案じておられます。無理にお願いしてようやくお部屋へ戻られましたが、ここ数日ほとんど休まれていないようです。花緒様のお姿を心待ちにしていらっしゃいます」

「わかりました。私、自分が気を失う前をおぼろげにしか覚えていなくて……。桜河様はご無事でいらっしゃるのですね。それだけお聞き出来て安心いたしました」

 花緒が微笑むと、梅は表情をふと改める。

「……桜河様には、花緒様が必要でございます。わたくしもこのお屋敷に長く勤めて参りましたが、花緒様がいらしてからというもの、桜河様は非常に表情が柔らかくおなりになりました。黒姫国の王という重責を背負っておられるためか、子供の頃から気を張っておられて、わたくしは老婆心ながら心配しておったのです」

「梅さん……」

「花緒様。どうかこれからも、桜河様のそばにいて差し上げてくださいませ」

 梅は、畳に三つ指を付いて深々と頭を下げた。花緒も慌てて姿勢を正し、布団の上で失礼ながら頭を下げる。

「私こそ。桜河様に身も心も救っていただきました。お邪魔にならないうちは、桜河様や皆様と共にここに置いてください」