黒蛇様と契りの贄姫

 ……ひどく体がだるかった。

 けれども、ひとつの使命をやり遂げたような充足感が胸に広がっていた。

(私は、大切な人を救えたんだ――)

 それは、これまで度重なる失敗に力のなさを痛感してきた花緒が、壁を越え、自分への信頼を取り戻すきっかけになった。

***

(ここは、自室……?)

 自分は、部屋の中央に敷かれた布団に寝かされていたようだった。廊下に沿う障子からは月明かりが差し込んでいる。

 部屋の隅に置かれた行燈の明かりが、花緒の手もとを僅かに照らしていた。よく嗅ぎなれた白檀のお香が焚かれている。誰かが心尽くしで看病してくれていたのだろう。

(……私、きっとあのまま気を失ってしまったのね)

 半狂妖化し始めていた桜河を、浄化の力で助けられたところまでは覚えていた。毒気から解放された桜河に抱き締められた瞬間も――。

 そこでふっつりと記憶が途切れてしまっている。おそらくその後、誰かが意識を失くした自分を自室まで運んでくれたのだろう。最後まで迷惑を掛けてしまった、と花緒はひとりで項垂れる。

(……とりあえず、起きよう。皆さまに謝罪をお伝えしなければ)

 此度の危機は、自分の未熟さゆえに桜河へ過度な負担を掛けてしまった結果だった。

 贄姫の本来の力では救えないはずの、狂妖化しかけた桜河をどうして浄化できたのかは、今もわからない。

 それでも、不出来な自分が引き起こしたこの一連の騒動を自らの手で収められたことで、花緒はわずかに安堵を覚えていた。

 とはいえ、桜河本人だけでなく、その仲間たちや黒姫国の人々を再び危険に晒した事実に変わりはない。

(それに、本当に桜河様がご無事だったのかも確かめたい)

 自分は、彼を苦しみの淵から救えた。

 彼に抱きしめられたあの温もりは確かなものだった。

 疑っているわけではないのだけれど、彼の無事な顔を確かめるまでは確信が持てないのだ。

(あの時は無我夢中だったから、まるで夢の中の出来事みたいで現実感がなくて)

 そう感じると、胸がざわつき、気が急いてくる。

 花緒が掛け布団を持ち上げ、上体を起こした時だった。

「花緒様? お目覚めになられたのですか?」

「梅さん……ですか?」