黒蛇様と契りの贄姫

(桜河様の手が、冷たい……!)

 突如として舞い踊った桜吹雪の中で、花緒は桜河の手を必死に握りしめていた。いつもは自分に優しく触れてくれる温かくて大きな手。それが氷のごとく冷えきっている。いつものように、桜河がそっと手を握り返してくれる気配はなかった。

 黒い靄が毒気のように立ちのぼり、彼の全身を蝕んでいく。その濃さは、彼の体から溢れ出すほどだった。

 自分は元々人間の身だから、影響が出るまでにはまだ時間がある。

 けれども、この場にいる山吹や梵天丸は気が狂いそうであるだろう。

 ――『一度、狂妖になってしまったら救う手立てはないからね』。

 かつての山吹の言葉が脳裏をよぎる。

 狂妖に堕ちた妖魔は、魂を無へ還す――虚葬でしか救われない。そして、それを執り行うのは桜河の側近である山吹たち。

 だからこそ、山吹は完全に堕ちる前に桜河を葬ろうとしているのだ。

(……そんな結末、絶対に許せない)

 花緒は唇を噛みしめ、桜河と山吹の悲劇を断ち切る覚悟を決める。

 そのとき、シャラン、と。神楽鈴は手の内にないはずなのに、脳内に確かに鈴の音が聴こえた。神楽鈴が力を貸そうとしてくれているのだと、花緒は頭で理解する。

 花緒は、握りしめていた桜河の手を、自分の頬にそっと押し当てる。

「桜河様。もう、大丈夫です。私が必ずお救いいたします。ですからどうか、私にすべてを任せていただけますか?」

「……花、緒……?」

 桜河の瞳が薄っすらと開く。苦しそうに掠れた声。けれども確かに、彼は花緒の言葉を信じるように頷いた。花緒は頷き返す。今まで山吹と何度も特訓を積んだ感覚を身に降ろす。花緒はそっと目を閉じた。

「――『禍を鎮め、常世に送り帰し、水の音にて洗い流し、祓へ給ひ、清め給へ』」

 シャラン、シャラシャラ、シャララ。

 頭に鳴り響く澄んだ鈴の音。花緒が目を開ける。ひらり、と眼前に一枚の桜の花弁。見渡せば、部屋中に降り注ぐ桜の雨。ひらひらと舞い落ちる桜の花弁のひとつが桜河の手もとへ落ちると、冷たかった指先にじんわりと体温が戻っていくのを感じる。

(桜河様の毒気……浄化、できてる……?)