黒蛇様と契りの贄姫

 自分の未熟さが原因で桜河の命が失われるなど、絶対にあってはならない。

 贄姫に選ばれたせいで彼が犠牲になるなど、到底受け入れられない。

(なにか……なにかひとつでも私にできる役割はない? 見ているだけなんて、そんなのは耐えられない)

 もしも桜河を失ったら――考えただけで目の前が真っ暗になるようだった。現世から自分を連れ出してくれた桜河。

 最初の頃、怯えてばかりだった自分に優しく手を差し伸べてくれた。恐ろしい存在だと感じていたけれど、実際は素直で、人一倍努力家で、不器用なところもある可愛らしい人だった。

 ……自分が、好きになった人。

 花緒は、恐怖と不安に苛まれていた気持ちが、凪のように落ち着くのを感じる。心の内に光の炎が灯ったように熱くなる。

(……死なせない。絶対に失いたくない。だから今度は私が桜河様のお力になる!)

 そう強く決意した途端だった。花緒の内から、これまでにないほどの桜吹雪が巻き起こった。まるで桜河を救おうとする花緒の想いに呼応するように。

(私が彼を助ける。絶対に……!)

 花緒は無我夢中で、苦しそうに目を閉じたままの桜河の手を取った。

 山吹が焦ったふうに声を荒げる。

「花緒ちゃん! 離れて! 危ない!」

「いいえ……! 離れたくありません!」

「花緒ちゃん!」

 花緒はそれでも桜河から離れようとしなかった。痺れを切らしたように、山吹が羽団扇を顕現させた。なにもかもが手遅れになる前に、自分が後始末を負い、すべての責任を背負おうとしているのだろう。山吹が覚悟を決めた面持ちで立ち上がった。

(……山吹さんに、そんな咎(とが)を背負わせるわけにはいかない。本当に、もう手遅れなの? 桜河様の贄姫として、まだ私に果たせる役目はないの――?)

 どうにかして助けられないかと、花緒は必死に祈りを込めた。

 泉水家に生まれた自分は、もともと、何故か生き物から好かれる性質を持っていた。花緒が声を掛けると、植物も、そして動物も耳を傾けているように感じていた。

 それは、泉水家という生命の源である母なる〝水〟を冠する家系に生まれたからかもしれない。

 或いは、今になって思えば歴代最強の妖の王である桜河の贄姫に選ばれる運命にあったからかもしれない。理由はなんであれ、自分は生き物を慈しみ愛されるという特異な体質だった。

 それに対して、これまで特に感じることもなかったが――まさかこの場面で、その不可思議な体質が奇跡を呼ぶとは予想もしなかった。