黒蛇様と契りの贄姫

 蘭之介に案内されたのは奥座敷にある桜河の私室だった。辺りは日が傾き始め、桜河の自室にも締め切られた障子から夕明かりが差し込んでいる。

 橙に染め上げられた室内――その中央に一枚の布団が敷かれていた。青白い表情をして、苦しそうに眉根を寄せた桜河が横たわっている。

 彼の体からは、傍から見てもわかるほどに濃い毒気が立ち込めている。

 枕元には梵天丸が寄り添い、自身の妖力を必死に桜河に送り込んでいるように見えた。

 少しでも毒気の進行を遅らせようとしているのだろう。

 いつも気丈で弱いところを見せない桜河の変わり果てた姿を前に花緒は言葉を失う。

「桜河、様……っ」

「……なんという毒気だ! これほどの量を体内に溜め込んでいたとは……。桜河でなければできない芸当だね。蘭之介、ひとまず屋敷の妖魔たちを町まで避難させるんだ。これだけの強い毒気に触れでもしたら、一発で狂妖になりかねない」

「わかった! こちらは任せろ! 後は頼んだぞ、山吹!」

 蘭之介はそれだけ告げると、すぐさま部屋を飛び出して行った。廊下で彼が使用人の妖魔たちを先導している声が響き渡る。

 桜河は苦しそうな息遣いを繰り返している。楽な着流し姿ではあるものの、痛みや苦しみに耐えているからか冷や汗をぐっしょりとかいていた。

 普段は涼しいほどに平然としている彼との違いに、彼がどれだけの辛さを感じているかが伝わってくる。

 後悔してもしきれない。自分のせいで桜河に負担をかけてしまった。この国にとってなくてはならない人なのに。

 桜河を前にした山吹の頬を、ひと筋の冷や汗が伝う。

「……かなりまずい状況だ。毒気が体内から溢れ出している以上、桜河は狂妖になりかけている。このまま毒気の侵食が進行すれば、遅かれ早かれ桜河は完全に狂妖に堕ちてしまうだろう。体内で解毒が間に合っていないんだ。許容量を超えてしまった」

「山吹、桜河を助ける方法はないのカ? 桜河はオイラの恩人ダ。助けたい……!」

 梵天丸が黒い瞳を潤ませる。山吹が唇を噛む。

「……桜河は、今はかろうじて意識を保っているようだけれども、このまま自我を失って周囲の妖魔を見境なく襲う狂妖に変貌してしまったら、俺ですら止められない。この黒姫国が完全に狂妖化した桜河の手によって蹂躙される前に、今の無力なうちに彼の命を奪ってしまうしかない。もう手遅れなんだ……」

「そんなっ……!」

 花緒は反射的に桜河を庇うように前へ飛び出した。