事件は、まるで悪い夢のように突然起きた。
その日も山吹との特訓を終え、桜河にふたりで話す時間をもらえるか確認しようと考えていた花緒は、山吹とともに屋敷へ戻っていた。ちょうど門をくぐったその時、蘭之介が血相を変えて飛び出して来たのだ。
「山吹……!」
「蘭ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」
「すぐに来てくれ……! 桜河が倒れたんだ!」
「え……っ」
花緒は両手で口を覆い、目を見開いた。指先が無意識に震える。
いま確かに、蘭之介は「桜河が倒れた」と言った。あの歴代最強と謳われた妖の王が。いつも強く優しく、人々を導いてくれる存在が。
花緒の脳裏に、彼が見せてくれた穏やかな微笑みが浮かぶ。時折、無邪気な少年のように笑うその表情も。
自分にとって何より大切で、命をかけてでも守りたい人――桜河が、今、苦しんでいる。
(私のせいだ……っ!)
自分の妖力の操作が未熟なせいで、桜河ひとりに毒気の浄化を任せてしまった。きっと彼の身体は、とうに限界を超えていたのだろう。
それでも桜河は、黒姫国を守るために、そして〝二度と贄を失わない〟という誓いを胸に、前に立ち続けてしまった――。
花緒や皆を心配させまいとして、弱音ひとつ漏らさずに。
花緒が安心して修行できるよう、ただひたすらに支えてくれていたのだ。
「わかった……! ともかく、桜河のもとへ案内してくれ、蘭之介!」
山吹の声は、いつもの穏やかな調子を失っていた。
「私も行かせてください!」
胸を押さえながら花緒が前に出ると、山吹と蘭之介は表情を引き締め、無言で頷く。
その無言の同意が、花緒に〝桜河のそばへ行く資格〟を与えてくれたように感じた。
三人は一斉に走り出す。
焦りで胸が締めつけられ、風を切る足音だけが夜気の中に響いた。
その日も山吹との特訓を終え、桜河にふたりで話す時間をもらえるか確認しようと考えていた花緒は、山吹とともに屋敷へ戻っていた。ちょうど門をくぐったその時、蘭之介が血相を変えて飛び出して来たのだ。
「山吹……!」
「蘭ちゃん? どうしたの、そんなに慌てて」
「すぐに来てくれ……! 桜河が倒れたんだ!」
「え……っ」
花緒は両手で口を覆い、目を見開いた。指先が無意識に震える。
いま確かに、蘭之介は「桜河が倒れた」と言った。あの歴代最強と謳われた妖の王が。いつも強く優しく、人々を導いてくれる存在が。
花緒の脳裏に、彼が見せてくれた穏やかな微笑みが浮かぶ。時折、無邪気な少年のように笑うその表情も。
自分にとって何より大切で、命をかけてでも守りたい人――桜河が、今、苦しんでいる。
(私のせいだ……っ!)
自分の妖力の操作が未熟なせいで、桜河ひとりに毒気の浄化を任せてしまった。きっと彼の身体は、とうに限界を超えていたのだろう。
それでも桜河は、黒姫国を守るために、そして〝二度と贄を失わない〟という誓いを胸に、前に立ち続けてしまった――。
花緒や皆を心配させまいとして、弱音ひとつ漏らさずに。
花緒が安心して修行できるよう、ただひたすらに支えてくれていたのだ。
「わかった……! ともかく、桜河のもとへ案内してくれ、蘭之介!」
山吹の声は、いつもの穏やかな調子を失っていた。
「私も行かせてください!」
胸を押さえながら花緒が前に出ると、山吹と蘭之介は表情を引き締め、無言で頷く。
その無言の同意が、花緒に〝桜河のそばへ行く資格〟を与えてくれたように感じた。
三人は一斉に走り出す。
焦りで胸が締めつけられ、風を切る足音だけが夜気の中に響いた。
