黒蛇様と契りの贄姫

 山吹が後ろ頭を掻く。

「……花緒ちゃん、どこか吹っ切れたような感じがするね。いい顔をしているよ」

「え! そ、そうですか?」

「うん。以前より表情が生き生きしている。君本来の雰囲気は、きっと今のように年相応の可愛らしいものなんだろうね。これまでの君は、どこか無理をしているように見えたから」

 山吹は眉尻を下げて、優しく微笑んだ。

 その言葉に、花緒は少し戸惑いを見せながらも、頬をほんのり染める。彼には、自分の心の変化――桜河に対する想いを自覚したことまで、すべて見透かされている気がした。

 どこか気まずさを覚え、花緒は言葉を選びながら小さく呟く。

「……最近、自分でも少し変わった気がします」

「妖力の顕現は、ある意味で自分自身の解放なんだ。力を外へ出すには、心の迷いをほどいてやらなきゃいけない」

「はい……。わかっているのに、まだ迷いがあって……」

「迷い?」

「……桜河様のことです」

 花緒は恥ずかしそうに視線を落とした。妖力の修行を重ねるほどに心が揺らぎ、集中しようとしても思い浮かぶのはいつも桜河の姿だった。そんな自分をどうしても制御できず、誰かにこの想いを打ち明けて助言をもらいたかった。

「なるほどね」

 山吹の目が細まり、花緒は隠しても仕方ないと観念したように小さく息を吐いた。

「あの……桜河様は、今日もおひとりで蛇門に向かわれているんですよね?」

「そうだね」

「贄として私を大切にしてくださっているのはわかっているんです。でも、桜河様はご自身を犠牲にするように私を守ってくださって……その優しさが、時々苦しく感じてしまうんです」

 山吹は短く笑った。

「なんだ、そんなことか。やっぱり似てるね、君と桜河は」

「に、似ておりますか?」

「うん。どちらも人を守る側のことばかり考えている。でも、花緒ちゃんはもう守られるだけの贄じゃない。ちゃんと強くなっているよ」

 山吹の穏やかな言葉に、花緒の胸の奥が少し軽くなる。

「……ありがとうございます。少し救われた気がします」

「それとね」

 山吹は静かに続ける。

「桜河が過保護なのは、贄を失う苦しみを知っているからなんだ。誰よりも恐れているんだよ」

 その言葉に、花緒の脳裏にかつての桜河の言葉が蘇る。

 ――『もう二度と贄を失いたくはない』。

 あのひと言。その奥に隠された意味。もしかしたら、桜河には自分の前に仕えていた贄がいたのかもしれない。それを思うと、胸の奥がきゅっと痛んだ。