静寂に包まれた空間。
ステージの中央に立ち、スポットライトを浴びる。
ピアノの音色が優しく響く。
目を閉じて、呼吸を整えて、歌い出す。
歌い出しは、優しく包み込むように。
ピアノとアコースティックギターの柔らかい音に合わせて、そっと囁くように音と言葉を紡ぐ。
サビは、軽やかに弾むように。
バンドの音が加わって、アップテンポになる。
指を鳴らして、足踏みして、リズムに合わせて体を揺らす。
自然と会場から手拍子が起こる。
会場に一体感が生まれる、この瞬間が好き。
「今日はありがとうございました」
そう言って深く一礼すると、場内が大きな拍手で包まれた。
客席に手を振って、ステージ袖でもう一度礼をしてステージを降りる。
これで、今日のコンサートは終了。
無事に終わった安心感と、終わってしまったという寂しさ。
良い歌が歌えたという充実感と、心地よい疲労感。
そんな色んな気持ちが混ざり合う中、まだ鳴りやまない
会場の拍手を聞いてもう一度ステージに向かい、アンコールに応えて大切な歌を歌った。
* * *
「お疲れ様でした~」
楽屋に戻ると、スタッフのみんなが笑顔で迎えてくれた。
「今日も皆さんのお陰で素晴らしいコンサートが出来ました。ありがとうございました。乾杯!」
「乾杯!」
スタッフが用意してくれた紙コップにそれぞれがお酒やジュースを注いで、乾杯をした。
今日も最高のステージだったな。
お茶を飲んで一息つくと、改めてそんな充実感と喜びが胸いっぱいに溢れた。
歌手になってステージに立つことは、私の幼い頃からの夢だった。
その夢が叶って、こうしてコンサートができることは本当に嬉しいし、幸せなこと。
物心ついた時から、歌うことが大好きだった。
両親も、私の歌声を誉めてくれた。
「結音の歌声は聴いているだけで心が安らぐ。将来はたくさんの人の心を癒す歌手になれる」
そう言われて、小さな頃から歌手を目指してヴォイストレーニングに通っていた。
色々なシンガーオーディションやコンテストを受けてきた。
そして、高校3年生の夏休みに参加したオーディションでは準優勝まで残った。
優勝ではなかったけれど、その時の審査員の方々が私の歌をとても気に入ってくれて、高校卒業後に正式にデビューが決まった。
現在デビュー2年目の20歳だけど、これといったヒット曲はない。
新曲をリリースしても、ヒットチャートの上位にランクインしたことはない。
私自身、メディア出演よりもコンサート活動を大事にしているから、世間的な知名度も低い。
プロとしてデビューした以上は、“売れる”ことを考えなければいけないのはわかっている。
だけど、私は歌うために、歌手になったんだ。
音楽が持つ無限の力を信じて、本当に伝えたいことを歌いたい。
私は歌うために生まれてきた。
そう信じているから、今日も私は歌っている。
* * *
「今週のシングルランキング第1位は、琴吹 愛歌『SECRET MOON』!」
事務所へ向かう途中、信号待ちをしていた時に街頭ビジョンに映し出されたのは人気歌姫と言われている琴吹さんの新曲MV。
私と同じように信号待ちしている人も通りすがりの人達も、一瞬顔を上げてビジョンに視線を向けている。
騒がしい雑踏の中でも大音量で響く琴吹さんの歌声は、かつて一世を風靡したアーティストとどことなく声が似ている。
「愛歌の新曲、今回も1位なんだね」
「だって両親が人気アーティストでしょ?事務所にめちゃ推されてるし、売れて当たり前だよ」
どこからか聴こえてきた会話に、思わず聞き耳を立ててしまう。
やっぱり、世間の人達の反応はそういうものなんだ。
琴吹さんは、私の両親が若かった頃に大人気だったシンガーソングライターの音波 響さんと、律歌さんの一人娘らしい。
音波さんも律歌さんも今だに現役で活動していて、コンサートを開催すれば満員になる実力派だ。
「超人気アーティストを両親に持つ歌姫が満を持してデビュー!」と大々的に謳われた琴吹さんは、4年前当時18歳のデビュー時からずっとランキング上位を獲得している。
それは親の七光だとか大手事務所の強力プッシュのおかげだと言われているけれど、たとえそうだとしてもこれだけ多くの人に知られて楽曲がヒットしていることは、同じ歌手として純粋に羨ましいし凄いことだと思う。
いつか私もランキングトップになりたい……。
そう心に強く願って、私は歩き出した。
* * *
「結音ちゃん、大ニュース!」
マネージャーの島崎さんが、事務所の会議室に入るなり勢いこんでそう言った。
「どうしたんですか?」
「新曲が大手企業のCMに起用されるの!」
あまりの勢いに困惑しながら尋ねると、興奮気味に声を弾ませた答えが返って来た。
「ホントですか!?」
「ホントよ。今日はそのCMについてもミーティングするって…」
島崎さんがそう言いかけたところでドアをノックする音が聞こえた。
そして、私が所属する音楽事務所・リトル・ウィングスの社長と見知らぬスーツ姿の男性が入ってきた。
「紹介しよう。シャインミュージックの佐伯さんだ」
「初めまして。シャインミュージック 商品宣伝部の佐伯と申します」
社長のあとに続いてそう言いながら、佐伯さんが名刺を差し出した。
名刺には“商品宣伝部 部長”と書かれている。
シャインミュージックと言えば、日本で知らない人はいない超有名大手レコード会社だ。
もしかして、さっき島崎さんが言っていた大手企業のCMって、シャインミュージックのCMってこと……?
「この度、弊社が提供する音楽アプリのCMソングに鈴原さんの曲を起用させて頂くことになりました」
佐伯さんが笑顔でそう言った。
音楽アプリのCMソング? 突然すぎて思考がついていかない。
「実は佐伯さんがこの前のミュージック・オーディションで放送された結音ちゃんの歌を聴いてとても感動したそうなんだ。ぜひもっと多くの人に君の歌を聴いてほしいということで決めてくれたんだよ」
「…そう…なんですか…」
社長が経緯を説明してくれて、やっと少しずつ状況が呑み込めてきた。
「では、まず今回のCMについて、概要をお話します。今回のCMのキャッチフレーズは、“大好きな音楽がいつも一緒なら世界が輝く”。
大好きな音楽をいつでもどこでも聴けることによって、世界が輝くというのがコンセプトです。イメージモデルに今人気急上昇中のアイドルの夜咲 凛さんを起用し、今回のCMに出演が決定しています」
「凛ちゃんが出演するCMなんですか?」
「はい。凛さんが出演するということで、話題性も充分あるかと思います」
夜咲 凛ちゃんはZ世代でを中心に圧倒的な人気を誇っているアイドルグループ・『LOVELY MELODY』(通称・ラブメロ)のメンバーのひとり。
そんな人気モデルが出演する有名企業のCMソングなんて夢みたい。
「そして結音さんについては、【七色の声を持つ実力派シンガーソングライター】というキャッチコピーを考えているのですが、いかがでしょうか?」
「七色の声、ですか」
今まで言われたことのない言葉だ。
“透明感のある綺麗な声”とか“心癒すピュアヴォイス”という表現はよくされてきたけど。
「結音さんは低音から高音まで幅広い音域で歌えるだけでなく、歌い方や声のバリエーションに富んでいる。まさに七色の声を持っている、と私は感じたんです」
佐伯さんの言葉はとてもわかりやすく、納得のいくものだった。
確かに、私は曲の雰囲気や曲調によって発声の仕方や声音を変えて、よりその曲が持つ世界観にふさわしくなるように歌っている。
それは、私が歌う上でとても大切にしていることであり、こだわっていること。
それをしっかり理解してもらったうえで考えてくれた言葉なんだ。
「ありがとうございます。とても素敵なキャッチコピーだと思います」
シンプルだけど深い意味があって、私を的確に表現してくれている言葉だと思う。
「CMのオンエア開始日は6月1日なので、それに合せてレコーディングのスケジュールを調整して頂ければと思います」
「わかりました」
「それでは、私はこのあと別件で会議があるので、今日はこれで失礼します。今後とも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
私も席を立ってそう言いながら深々とお辞儀をした。
慌ただしく会議室を出ていく佐伯さんの背中を見送りながら、小さく息を吐き出す。
なんだか、まだ信じられない……。
突然降って来た大きすぎる話に、まるで現実感がない。
「お疲れ様。改めて、今後のスケジュールについて話そうか」
そんな社長の一言で我に返った私は、もう一度席に着いた。
「そういうわけだから、これから少し忙しくなると覚悟してほしい。タイアップ曲のボーカルレコーディングはゴールデンウィーク中に終わらせる予定だ。それと、レコーディングにはサポートミュージシャンとしてギタリストの遠坂 由弦くんが参加してくれることになった」
「え!? ホントですか?」
「ああ。彼は業界内で実力派のイケメンギタリスとして評判が良くて有名だから、ダメもとでうちの事務所に所属のオファーをしてみたんだけどね。結音ちゃんの歌をとても気に入ってくれて、快諾してくれたよ」
「そうなんですね」
「良かったね、結音ちゃん」
隣で、島崎さんも嬉しそうにしている。
遠坂 由弦さんは、最近人気急上昇中のサポートギタリスト。
腕前や実力は多くの人気ミュージシャンも認めていて、大物と言われるアーティストのレコーディングやライブのサポートギタリストとして活動している。
そして見た目もいわゆるイケメンで、ギタリストを目指す男子だけではなく、サポートミュージシャンながら女性ファンも多いらしい。
もちろん私もその存在を知っていたけど、まさか一緒に仕事ができるなんて……なんだか今日は嬉しい出来事ばかりで怖いくらいだ。
「今回はうちの事務所にとっても初の大型タイアップだから、みんな気合い入れてやっていくよ。結音ちゃんにとっても大チャンスだから、一緒に頑張ろう」
「ありがとうございます!」
社長の一言でやっぱり本当のことだと実感して、嬉しくて満面の笑みで答えた。
レコーディング当日。
都内にあるレコーディングスタジオに向かい、まずは遠坂さんのマネージャーだという一色 (いっしき) さんに挨拶をした。
「初めまして、鈴原 結音です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って微笑んだ一色さんは、いかにも仕事が出来そうなマネージャーという雰囲気の男性だった。
「由弦はすでにレコーディングルームに入っているので案内します。こちらにどうぞ」
一色さんに案内されて階段を下りると、地下にレコーディングルームがあった。
中に入って一色さんがそう言うと、スタッフ数人と話をしていた遠坂さんがこちらに歩いて来た。
「初めまして、遠坂 由弦です。よろしくお願いします」
「鈴原 結音です。よろしくお願いします」
私が挨拶をした時、遠坂さんが私の顔を見て一瞬戸惑ったような表情を浮かべた気がした。
「それでは、始めましょうか」
疑問に思ったけれど、スタッフに声を掛けられて我に返ったらしい遠坂さんはすぐに視線を逸らし、早速アレンジ構想のミーティングが始まった。
先週レコーディングしたというストリングス・アレンジのインストバージョンと私の仮歌が入っているデモバージョンを聴きながら、それぞれイメージを膨らませる。
アレンジの構想が決まると、今度は遠坂さんが実際にギターを演奏してイメージするサウンドと世界観により近づけていく作業に入る。
まずは、事前に思いついたフレーズやメロディーをダビングした音源を聴かせてもらって、気に入ったものがあればそのまま本番のレコーディングで使うし、イメージに合わなければもう一度考えてくれるらしい。
でも、私は事前にダビングした音源で大満足だった。
「最初から私のイメージ通りです! 一度この音源で歌ってみていいですか?」
興奮気味に言って、レコーディングブースの中へ入った。
そして、スタッフに音源をかけてもらいながら歌い始めた。
流れてくる遠坂さんの音を聴きながら歌ってみると、彼の作った音と私の歌はとても合っていると実感した。
「やっぱりこの音源すごく曲に合ってるし、歌いやすいです!あとはイントロとサビでストリングスと同じフレーズ弾いてもらっていいですか?」
「うん、その方が優しくて温かみのある感じになりそうだね」
私の意見に納得して、早速用意してあったアコースティックギターを手に遠坂さんがメロディーを奏でる。
そしてコードやメロディーを打ち合わせしながら決めていき、そのままスムーズにギターダビングが終了した。
「まだ時間あるから仮歌も録ってみる?」
「そうですね、歌ってみます!」
スタッフさんからの提案に頷いた私は、レコーディングブースに入ってマイクの前に立つと、目を閉じて精神を集中させる。
そして「お願いします」という言葉を合図に、歌録りが始まった。
歌詞ひとつひとつに想いを込めて歌っていく。
遠坂さんのギターのおかげで、良い歌が歌えている。
ラストまで歌い終えると、周りから拍手が起こった。
「結音ちゃん、今の歌すごく良かったよ~!」
「歌も今日の一発録りで良いんじゃない?」
ブースから出た途端にスタッフの方達からそんな言葉がもらえた。
「そうですね。社長にも聴いてもらってOK出たら今日のテイクでいいかも」
私も、今の歌はかなり自信のあるテイクになったから。
「今日は遠坂さんのおかげで、本当にいい歌が歌えました。ありがとうございました」
「いや、こちらこそ素晴らしい歌が聴けて本当に感動したよ。ありがとう」
私の言葉に、遠坂さんが笑顔でそう返してくれた。
初めての遠坂さんとのレコーディングはとても順調で、今からリリースが楽しみに思える素晴らしい作品になった。
