返却期限のある人生

 母の部屋は、驚くほど整っていた。
 結衣がドアを開けた瞬間、時間が止まっているように感じた。棚の上の箱は大きさ順に並び、引き出しの中には用途ごとに分けられた封筒。どれも少しの無駄もなく、母の人生がそのまま保存されているみたいだった。

 葬儀のあとの片付けは、もっと散らかっているものだと思っていた。けれどここには、迷いも、途中で投げ出されたものもない。正しく生き切った人の部屋。結衣の頭に、そんな言葉が浮かぶ。

 机の上には、年季の入った手帳が何冊も積まれていた。
 一番上のものを開くと、几帳面な文字で予定が書き込まれている。

 ――病院、九時
 ――買い物、十一時
 ――結衣の連絡を待つ

 最後の行に、結衣は一瞬、指を止めた。
 母は、死ぬ直前まで自分の予定の中に結衣を組み込んでいた。その事実が、胸の奥を小さく叩く。

 棚の下段からは、家計簿の束が出てきた。月ごとにファイルされ、赤字も黒字も丁寧に記されている。無駄遣いの痕跡はない。母の人生は、数字の上でも一度も逸れていなかった。

 次に見つけたのは、進学メモと書かれた封筒だった。
 結衣は思わず、そこに座り込む。

 ――この高校が無難
 ――将来を考えるなら文系
 ――安定した職業がいい

 母の文字だった。
 それも、結衣がそのまま辿った道。

 胸の奥で、さっきよりも大きく、何かがずれた。

 押し入れの奥に、古いノートがあった。背表紙には、少し色あせたペンで「結衣」と書かれている。
 開いた瞬間、息が止まった。

 幼稚園、小学校、中学校、