人生返却体験

 玄関の鍵を回した、その瞬間だった。

 ポケットの中で、スマホが震える。
 嫌な予感は、もう予感じゃなかった。

 画面を開く。

 【人生返却システム】
 最初の返却対象:母の人生

 文字を読み終えるまでに、時間がかかった。
 意味が、脳に届かない。

 母。
 律子。

 葬儀の花の匂いが、急に蘇る。
 棺の中の顔。
 動かない手。

 ――返す?

 誰に?
 何を?

 画面は冷たく光り続けている。
 答えを急かすみたいに。

 結衣はスマホを握りしめた。
 震えが、止まらない。

 人生は、返却できる。
 その意味を、結衣はまだ知らない。

 章は、そこで終わった。