アオハルな恋とウラらかな復讐

 桜舞う4月。
 やっと、この日が来た。
 今日から私の新しい人生が始まる。
 “長宮麗”として自由に生きるための第一歩。
 友達を作って、部活や委員会に入って、恋もして。
 目を閉じて、まだ見ぬ友達を想像する。

 名前で呼び合って、お昼も一緒に食べて、放課後はカフェや雑貨屋巡り。
 制服でテーマパークに行くのも楽しそう。
 SNSで見たキラキラした青春にずっと憧れてきた。

 でも、SNSを見るたび、手に入らない現実が胸に突き刺さって苦しかった。
 現実逃避したくなることばかりだったから。
 
 6年前、全てを奪われた私には、学校に通うことも、この家から出る自由もなかった。
 私の世界は、鹿島家という狭い鳥籠の中だけになり、そこから外の煌めく世界に思いをはせて夢見ることしかできなかった。

 ――あいつのせいで。
 
 だけど、もう二度と奪わせない。
 私の人生は、私自身の手で取り戻す。
 
 鏡に映った制服姿の自分を見て、思わずにやける。
 九南《くなん》学院の校章と、エンジ色のリボンにそっと触れる。これは、自由の証。
 学校にいる間だけでも、この家と双子から解放される。束の間の自由がある。
 胸の奥まで、春の空気が入り込んでくる。
 こんなに心が軽い朝は何年ぶりだろう。
 目元を覆う重たい前髪だって、気にならない。

 鏡越しに映る家族写真が視界に入り、締まりのない口元を引き結んだ。
 幼い麗の左で笑う母。右に立つ人物は、黒く塗り潰されている。そこに触れると、ざらりとした触感が指先から伝わる。

 忘れてないよね? 

 胸の奥に潜む黒い影が囁く。
 奥底に閉じ込めたどす黒い感情がむくりと起き上がる。

 お母さんと私を捨てて、あいつは逃げた。
 そのせいでお母さんは……。
 あいつは、今もどこかで平気な顔して生きているはず。
 幸せ、自由、希望、家族。
 あいつが全部奪っていった。
 心の底から恨んでる。絶対に、許せない。
 必ず探しだして、同じ絶望を味わわせたい。

 喉元まで這い上がってきた影が、粘土質の闇へ手招きをする。

 麗は影から目を背け、写真立てを静かに置いた。

 ……今は、まだ。

 黒い影から目を逸らす。 
 でも。

「……憎しみは、忘れない」 

低く呟き、写真の中の母に手を合わせた。

「お母さん、見ててね」

幸せそうに笑っている母に、哀切の笑みを返した。

 髪をひとつに結んで、前髪はピンであげる。エプロンをつけてリビングへ向かった。
 薄暗いリビングのカーテンを開けると、ほんの少し明るくなる。うっすらと白み始めたばかりの空を見上げ、ふうと息を吐き出す。
  
 洗濯物を干して、朝食を作らないと。
 やることはいつもと同じ。
 だけど、今日からは私も双子と一緒に家を出る。
 見送るだけの毎日が、変わる。
 
「よし。急がないと」

今日は体も心も軽い。フワフワして飛んでいきそう。
 浮かれすぎかな。
 今日くらいは許してほしい。待ちに待った高校生活の始まりなんだから。

 麗は鼻歌交じりに洗濯物を干し、手慣れた手つきで朝食の用意を整えた。
 
「できた。あとは2人を起こして……」

腰に手を当て呟いた時。結んでいた髪がするりと解けた。

「おはよう、麗ちゃん。こっちの方が似合うよ」

ぎょっとして振り返ると、双子の片割れ、弟の鹿島晴が整った顔でにっこり微笑む。手の中でヘアゴムを弄んでいる。

「……おはようございます」

この笑顔には誰もが騙される。……昔の私みたいに。
 晴は、天使の顔で笑う悪魔だ。心にもないことを言っては、その気にさせていたずらに傷つける。最低ドS野郎。
 
「おい、下僕」

ネクタイを片手に欠伸をしながら、晴と同じ顔をした兄の鹿島葵がリビングに入ってきた。

 ――下僕。
 ここに来た時、私は人間の尊厳を奪われた。
 下僕だから何でもやるのが当たり前。
 双子の命令は絶対。

「ネクタイ」

葵は当然のようにネクタイを押し付けてきた。麗はこみ上げる怒りを抑え、無言で結んだ。

「こんなの学校につけていくなよ。だせえ」

葵がヘアピンを取る。はらりと前髪が落ち、視界が狭まる。前髪の隙間から、葵を睨む。
 だが、葵は卵焼きにかじりつき、もう麗を見ていない。

 むかつく。6年前からずっとクソガキのままだ。
 学校行くなら前髪伸ばせとか、ヘアピンもつけるなとか、意味不明な命令ばかり。
 死ぬほど頑張って勉強して首席合格できたのに、こんな前髪で首席挨拶なんてしたら、変人だって思われる……。

「こんな前髪の方がださいと思いますけど」
「口答えすんな。命令だ」

 やっぱり命令。
 自由への一歩を踏み出す記念すべき日が穢された気分だ。
 こみ上げる怒りを堪え、両手を握り込む。

「前髪あげた方が可愛いのに」

晴が目配せをする。口元は微笑んでいるのに、目の奥は笑っていない。

 思ってもいないくせに。
 もう二度とその笑みには騙されない。

「先に命令した方が優先だ」
「そのルール、まだ続いてたの? もう高校生なんだから、下僕とか命令とかやめたら?」

小馬鹿にした顔で笑う晴を、葵は睨みつける。

「黙れ、クソガキ」
「同い年じゃん」
「てめえは弟だろうが」
「双子の場合、それ成立しないと思うんだよね」

いつもどおりのくだらない言い争いを横目に、麗は朝食をかきこむ。

 この家に来てから、葵と晴が常に傍にいた。
 天涯孤独の寂しさを味わう暇すらない程に。 

 でも、学校にいる間は、双子の煩わしさからも、下僕からも解放される!
 憧れの高校生活を、輝く青春を、そして自由を手に入れる!
 今日、私は檻から出て羽ばたく。

 カチャッ。

 鳥籠の鍵が開く音が確かに聞こえた。


 出かける支度を終え、葵と晴と一緒に庭に出ると、門の前に黒塗りの高級車が停車しているのが見えた。
 車を見るだけで、頭の天辺から圧がかかる。心臓がギュッと鷲掴みにされ、血の気が引いていく。
 後部座席の窓が下がる。葵と晴に似た端正な顔立ちの中年男性が、顔を出した。

「おまえら、悪目立ちすんじゃねえぞ。次郎くんにも宜しくな」

鋭い目つきで、葵と晴を射貫く。双子の父親で、鹿島組組長の鹿島健一。
 ドスのきいた低い声が胸をざわつかせ、絶対逆らえない重圧がのしかかる。

 私を籠に閉じ込めた張本人。この人を前にすると、6年前の記憶が蘇って指先が震える。
 
 返事を待たずに窓が閉まり、車は走り去った。

「持て。ちゃんとついてこいよ」

葵が無理矢理鞄を押し付け、大股で歩き出す。

「相変わらず下僕扱い。かわいそうに」

嘲笑の色をたたえた瞳が、愉快気に細くなる。
 麗は鞄の持ち手をぎゅっと握りしめ、2人の背中を睨んだ。

 あいつらを鞄でタコ殴りにして、踏みつぶして、ボロボロにしてやりたい!

 地面に目を落とし、募る恨みを晴らす妄想を膨らませながら歩を進めた。


「ハルさまとアオさまだ!」
「ツイプリ揃ってる!」

校門を潜ると、女子たちの歓声が一斉に響いた。
 
 何、あれ。
 まるで芸能人扱いじゃん。
 熱狂的な視線が痛い。

「おい、ついてる」

葵が手を伸ばした瞬間、麗は反射的に避けた。

「避けてんじゃねえよ」

不機嫌そうに鞄を奪い、葵は先に歩き出す。

今までの行いを思い出しなさいよ。
 宿題を代わりにやらされたり、真夏の昼間にアイスを買いに行かされたり、葵が割った壺の責任を押し付けられたり。思い出したらきりがない。
 頑固な油汚れのように、過去の記憶が脳裏にべったりとこびりついている。

「ほら」

晴が麗の髪についた花びらを取る。
 ふっと息を吹くと、花びらが舞い落ちた。
 その仕草ひとつで、周囲の空気が華やぐ。
 ……だから厄介だ。
 女子たちの嫉妬が、容赦なく突き刺さる。

「麗ちゃん、目立っちゃったね」

女子たちをちらりと見て、にんまりほくそ笑む。
 絶対、わざとだ。悔しがる私を見て喜んでる。性根が腐ってるとしか思えない。

「学校では関わらないでください。他人なんで」

冷たく言い放ち、足早にその場を離れた。



 厳かな雰囲気の中、入学式が始まった。
 理事長が壇上に立つ。それだけで、空気が変わった。

「理事長、イケオジすぎる……」

周囲がざわめく。
 最前列で、葵と晴に挟まれて座っている麗は、理事長の顔と2人の顔を見比べて首を捻った。

 少し、似てる? ……まさかね。

「一言だけ、君たちに贈ろう。ここで何を選ぶかで、人生が変わる」

たった一言。それだけなのに、場は完全に支配された。まさしく、カリスマ的存在。
 
「後悔のない選択を」

短い話を終え、マイクを戻す。
 一拍置いて、場内が拍手に包まれた。

「続きまして、新入生代表の挨拶。首席入学の長宮麗さん、お願いします」

固い表情で立ち上がろうとする麗の足を、葵が踏みつける。

「痛いっ!」

葵を睨みつけると、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 
 こんな時にふざけないでよ。小学生か!

「麗ちゃん、頑張ってね」

晴が目を細めて笑いかける。

 なんだろう。笑顔の意図が読めなくて怖い。

 演台の前に立ち、一礼する。100人を超える新入生の視線が注がれる。カンペを取り出そうと、ブレザーのポケットに手を入れた。

 あれ? ない? 何で?

 全てのポケットを探っても見つからない。
 生徒たちがざわめき出す。
 前方を見ると、晴が憐れみの表情で手を振っている。
 指の間には、見覚えのある紙が挟まっている。
 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。

 あいつ! 
 ……落ち着け、私。
 自由を得るための第一歩、こんなことで失敗するわけにはいかない。
 大丈夫。ちゃんと準備してきた。カンペがなくても、私はできる。
 独学で首席合格した実力、舐めないで。

 前髪の隙間から、にやつく晴と見下した表情の葵を睨み、マイクを手に取った。

「新入生を代表して、ご挨拶申し上げます」

声を出した瞬間、ざわめきが静まる。

「創立60周年という節目に入学できたことを、誇りに思います」

落ち着いた声で、淀みなく言葉を重ねていく。

「すごいね。一字一句、同じだ」

カンペを見ながら、晴が目を見開いた。

「最後に一言……」 

一瞬、理事長に目を向ける。
 笑顔を意識して口角を上げた。

「私は流されず、自分で考え、自分で選んでいきたいと思います。ありがとうございました」

マイクを置いて、一礼する。
 パラパラとまばらな拍手から、次第に大きなものへと変わっていった。
 
「なんだよ、あれ。調子狂うな」

葵は髪をくしゃっと掴んで、呟く。

「さすが首席。最後の一言は、アドリブ?」

席に戻ると、晴が囁いてきた。

「さあ。どうでしょう」

晴の手からカンペを奪い取る。

「……つまんないなあ。麗ちゃんの泣き顔見たかったのに」

抑揚のない本音が漏れる。冗談に聞こえないのが一番怖い。
 純粋な悪意の虫が麗の全身を這いずり回る。
 不快感から逃れるように、カンペをぐしゃっと握りつぶした。
   
「続きまして、在校生を代表して生徒会長の佐沖澪さんから挨拶をしてもらいます」

長い黒髪をなびかせ、優雅に壇上に上がる。胸元の紫紺色のリボンが揺れる。

「すっごい美人」
「顔小さくて、足細い! モデルみたい」

感嘆の声が広がる。
 澪は一礼して、柔らかい笑みを浮かべた。
 
「人は、環境によって変わります。だからこそ、正しい方向へ進むことが大切です。私たち生徒会が、皆さんをサポートします。これから、宜しくお願いしますね」

大きな拍手が起きる。
 花がほころぶように、華やかに微笑む。
 麗はほんの一瞬、澪と目が合う。

 カチッ。

 何かが小さくぶつかる音が、鼓膜を震わせる。 
 淡い桃色の唇が笑みの形になり、えくぼができる。
 見透かすような視線に、妙に背筋が冷えた。

 何、今の。気のせい? 
 あんな目立つ人、普通じゃない。絶対に関わりたくない。


「各クラスに移動してください」

誘導の声がかかる。
 椅子を引く音が、一斉に響く。
 麗は人の流れに押されるように、歩き出した。

「じゃあ、私は3組だから……って、いない?」

教室の前で立ち止まり、振り返る。だが、さっきまでそこにいた2人の姿が見えない。 

 まあ、いいや。ようやく離れられる。ここから私の夢見た高校生活が始まる! 

 スカートをキュッと握りしめる。
 期待と緊張の面持ちで、教室に足を踏み入れた。
 その途端。

「キャーッ!」

女子たちの歓喜の叫びが耳をつんざいた。教室の中央に人だかりができている。輪の中心には、見慣れた顔。

 な、何で、あいつらが⁉

 慌てて黒板に貼られている席順を見に行く。

 鹿島葵。
 鹿島晴。

 右から2列目に双子の名前が並んでいる。

 どうして? だってあの時……。

 入学通知が来た日。
 
「それよこせ」

通知を葵に奪われ、晴も覗き込んできた。

「3組、か」
「へえ」

葵は顔をしかめ、晴は笑顔で、自分たちの通知をぐしゃっと握りつぶした。

 何も言わなかったから、同じクラスじゃないと思い込んでいた。
 なのに、何で……? 

「麗ちゃん、ぼくたち同じクラスだね!」

わざとらしい大声で、晴に名前を呼ばれる。おそるおそる振り返ると、クラスメイトの目線が一斉に集まった。女子たちは訝しみ、男子たちは好奇心に溢れた目をしている。

「……人違いでは?」

苦しまぎれの言い逃れをするが、通用するはずがなかった。

「何言ってんの。ぼくが人違いするわけないじゃん」

関わるなって言ったのに! もうそれ以上何も言わないで。

 だが、晴に届くはずがない。

「一緒に住んでるのに」

教室中が一斉にざわめきだし、騒々しくなる。

「な、何言って……! ち、違います!」

否定したのに、ファンたちが敵意のこもった目で睨んできた。
 同棲を疑う男子たちのいやらしい目つきが、不快極まりない。

「そういうんじゃなくて……」

必死に取り繕おうとするが、クラスメイトたちの不躾な視線が、制服の上から突き刺さる。処刑台に立たされているような気分だ。

 何で、そんな目で見るの? 
 私のこと、何も知らないくせに。
 好きで鹿島家にいるんじゃないのに。
 
 目を伏せる。
 非難と憶測の声が飛び交う。
 こんなの想定外。“普通”の高校生活が台無し。

 また奪われるの? 

 胸の中に黒いもやが立ち込める。
 指先が冷たい。
 絶望と怒りがこみ上げる。

 このまま黙ってるつもり? 
 私らしくないよ。

 蓋をしたはずなのに、するりと抜けだした影が背中を押す。

 ここで俯いたら負けだ。

 全員の視線を受け止め、睨み返す。クラスメイトたちは怯み、ざわめきがおさまった。

 ここから挽回すればいい。私がどんな扱いを受けているか知れば、みんな分かってくれる。

 本当にそうかな?

 囁きが煩わしい。耳を塞いで口を開こうとした。
 だが。
 突然、肩幅の広いブレザーが麗の視界を奪った。

「こいつは俺の下僕だ。手ぇ出すな」

麗の前に立ちはだかった葵が、クラスメイトたちを睨みつける。

 ……は? 何言ってんの、こいつ。

 思考が止まり、呆然と立ち尽くす。
 教室が、静まり返る。
 次の瞬間。

「ええええっ!?」

悲鳴に近い驚きの声が響き渡り、蜂の巣をひっくり返したような大騒ぎとなった。

「……終わった。私の、高校生活」

膝の力が抜け、その場にしゃがみこんだ。
 また、奪われた。
 友達も、恋も、普通の青春も。
 全部。
 儚く舞い散る桜のように、自由への希望は指の隙間から滑り落ちていった。

 籠は、自分で壊さなきゃ。
 胸の奥に潜む濁った感情が、絡み付く。

 開いたはずの籠の扉は、閉められたままだ。
 葵と晴からは、逃れられない――。

「くすくす。アオ、最高」

笑いを堪えている晴の肩に、葵が肘を乗せる。

「お前もあいつにちょっかい出すな」

唸るような、低く重い声。

「麗ちゃんは、ぼくの“モノ”でもあるんだよ」

晴は葵の肘をどかし、肩をすくめた。

 麗は立ち上がり、足を踏みしめる。

 私は、”モノ”じゃない。  

 葵と晴に一歩、近づく。
 6年前から私の人生は狂わされてばかり。

 父の失踪。
 母の死。
 鹿島家という鳥籠。

 “長宮麗”としての人生が、ようやく手に入ると思ったのに。

 ピンポンパンポーン。

 場違いの稚拙な音が教室に響く。
 麗は、はっと我に返り、腕を下ろした。


『呼び出しをします。1年3組の鹿島葵さん、鹿島晴さん、長宮麗さん。至急、理事長室に行ってください』

心当たりが何もない。この2人のせいとしか思えない。
 こいつらのせいで、高校生活めちゃくちゃだ。
 だからって、私が終わらせるのは違う。
 自由は、自分で掴み取りたい。
 ウラの感情には、支配されたくない。
 歯を食いしばって、蓋を固く閉める。

 戸惑うクラスメイトたちの視線から逃げるように、急いで教室を後にした。

 重厚なダークブラウンの扉を見上げ、麗はふうと息を吐きだした。
 ノックをする前に、葵がドアを開けて入った。そのまま、革張りのソファに腰を下ろし、足を組んで座る。晴は親し気に、理事長に手を振った。

「次郎叔父さん、久しぶり~」

叔父? 組長が言ってた“次郎”って、理事長のことだったの? 

「君が麗さんだね。義兄さんから話は聞いてるよ」

理事長は穏やかに微笑んだ。目だけが鋭い。
 びくっと肩が震える。組長とは別の意味で逆らえない恐さがある。

「で、呼び出しまでして何の用?」

葵は伸びをして完全にくつろいでいる。

「君たちを“ウラ風紀委員”に任命しようと思ってね」

有無を言わせない笑顔の圧が、重くのしかかる。表社会の人間には見えない。

「表では処理できない学院の問題を、秘密裏に解決してもらいたい」

何で、私たちが? 

 怪訝な顔をする麗の横で、葵は面倒そうに舌打ちをし、晴は面白がるように笑っている。

「学院に悪意が紛れ込んでいる。背後に作為的なものを感じるんだ」

理事長の鋭い眼光が、麗たちを射抜く。
 
「シマを荒らされて黙っている君たちじゃないだろう?」

麗の顔が歪む。理事長の背後に、双子の父親の姿が揺らめく。
 シマ。
 その言葉が、希望を打ち砕く。
 ここは、普通の学校じゃない。
 憧れていた青春の場所じゃない。
 鹿島の“ウラ”だ。
 結局、私は鹿島の手の内。
 解放されたと思ったのに、鳥籠の形が変わっただけだったなんて……。

 愕然と立ち尽くす麗の頭上から、理事長の冷ややかな声が降ってくる。

「3人とも、やってくれるね」

空気が凍り付く。

 拒否権のない命令。
 でも。
 同じ鳥籠だとしても、憧れを奪われたとしても、簡単には諦めきれない。
 ここにはまだ、ささやかな自由、小さな青春の芽があるはずだから。
 鳥籠の鍵を握るのは、葵と晴でも、鹿島でもない。
 ――私だ。

「他の委員会や部活と兼任したいです」

たくさんの付箋をつけた委員会と部活紹介のパンフレットを思い浮かべる。
 友達や先輩たちと笑ったり、泣いたり、励まし合ったりしながら活動する。
 私にだって、その青春を味わう権利はある。

 一歩、前に踏み出す。
 理事長と同じ土俵に上がろうと、精一杯の虚勢を張ってまっすぐ見つめる。

「認めない」

即答だった。
 爪先すら土俵入りできないまま、投げ飛ばされた。
 パンフレットが谷底に落ちていく。
 膨らんだ青春の夢は、パチンと音を立てて消えた。

「君は、自由になりたいかい?」

優しさが滲む笑み。その声音は柔らかい。
 手を差し伸べられた気になる。
 自由をくれるの?
 淡い期待が少しだけ膨らむ。
   
「選びなさい。ウラ風紀委員になるか、入学を取り消されるか」

膨らみ切らない内に、容赦なく潰された。
 選ばせる気なんてないじゃん。
 こんなの、脅しだ。
 
「……選べないと言ったら?」

強張る唇から、かすれた声が漏れ出る。

「理事長権限で強制執行させてもらう」

重低音の圧が、重くのしかかる。だが、その表情は穏やかだ。

 悔しい。
 選ばせる気なんて最初からなかった。
 自由はまた手の届かない場所へ遠ざかる。
 だけど。
 “モノ”扱いはもううんざり。
 誰にも指図されたくない。
 私は長宮麗として、ここから自由を掴み取る。
 奪われた人生を取り戻してみせる。

「……絶対に」 

瞳の奥に宿る強い光を知る者は、誰もいない。
 奪われていいものなんて、ひとつもない。
 青春も、私の人生も。
 二度と奪わせない。