アオハルな恋とウラらかな復讐

「こいつは俺の下僕だ」

教室中に、ざわめきが走る。
 視界を塞ぐ広い背中を、呆然と見つめる。

 友達。恋。青春。
 “普通”を、やっと手に入れられると思った。
 ……なのに。
 入学初日。
 その希望は、桜のように儚く散った。


 朝日の差し込む窓を開け、手を伸ばす。
 桜の花びらが、指先をすり抜ける。
胸に空いた穴を通り抜けていくような感覚。切なさが、チクリと喉を差す。
ふっと息を吐き出し、壁のカレンダーに目を向ける。無骨な“鹿島組”のロゴが嫌でも目に入る。

 やっと、この日が来た。

 赤ペンで何重にも囲われた“入学式”の文字をなぞる。

6年振りの学校生活。今日から私の新しい人生が始まる。
“長宮麗”として、自由に生きるための第一歩。
 友達を作って、部活や委員会に入って、恋もして。漫画みたいな青春(アオハル)を送ってみたい。
 いや、高望みはやめよう。期待しすぎない方がいい。
 鳥籠のようなこの家と、最強最悪な双子から、少しの間だけでも解放される。普通で平凡な学校生活を送れるだけでも、今の私にとっては十分。

 鏡に映る自分を見て、思わず頬がにやける。
 モカ色のブレザーに、ネイビーのチェック柄のスカート、胸元にはエンジ色のリボン。県内でも有数な名門校、九南学院の制服。
それだけで、少し自由に近づけた気がした。

目元を覆う長い前髪を持ち上げる。特徴的な薄茶色の大きな瞳があらわになる。
 一瞬、鏡に映る自分の顔に、思い出したくもない顔が重なる。
 
 やっぱり、前髪はあったほうがいいい。不本意だけど。

 前髪を撫でて、目元を隠す。
 机の上の家族写真を手に取る。
 笑う母。幼い私。そして、黒く塗り潰された父。 
 ざらりとした触感が、指先から伝わる。

「……許さない」 

低く呟き、写真を戻す。目を閉じ、手を合わせた。

「お母さん、行ってきます」

写真の中の母に微笑んだその時。

 ドンドン、ドンドン!

 乱暴に部屋のドアが叩かれる。今にもドアが外れそうだ。 

「いつまで準備してんだよ」

返事をする間もなくドアは勝手に開かれた。不機嫌そうに整った眉を寄せて現れたのは、鹿島葵。むかつくけど、イケメンの部類。でも、中身は最低な暴君。

「ネクタイ」

放り投げてきたそれを受け取り、麗は無言で締め上げた。

「ぐっ!」

葵の顔が歪む。

「苦しいですか?」

聞いておきながら、緩める気は一切ない。頼んできたそっちが悪い。

「おま、殺す気か!」

せっかく結んだネクタイを緩めて、睨み付けてきた。

「いいえ。まさか」

私と同じ苦痛を味わえ、とは思ってるけど。

「おまえ、ほんっと生意気になったよな。うちに来た時はあんなに怯えてたくせに」

口の端っこを持ち上げて、小馬鹿にした笑いを浮かべる。

「いつの話してるんですか」

6年も一緒にいれば、猛獣の扱いにも慣れる。それに、あんたと違って、私は成長してる。……私には、やるべきことがあるんだから。

「無視すんな!」

先に部屋を出ると、背中に葵の怒声が飛んできた。
 聞こえない振りをして、玄関に急いだ。

「おはよう、麗ちゃん」

葵と同じ顔の、茶髪の美形が笑顔で手を振る。
 弟の、鹿島晴。葵よりも質が悪い、ドS野郎。天使の顔で笑う悪魔。
 この笑顔に誰もが騙される。昔の私みたいに。

「制服似合うね。可愛い」

本心ではそんなこと思ってないくせに。いつもどおり目が笑っていない。

「晴くん、おはようございます」

会釈した瞬間。

「いたっ!」

葵に頭を叩かれた。非難の目を向けると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 ……ガキめ。

「アオ、まだ麗ちゃんにネクタイやってもらってるの?」

ぷぷっと笑いながら口元を押さえる晴を、葵は睨みつける。

「うるせえな、クソガキ。黙れ」
「同い年じゃん」
「てめえは弟だろうが」
「双子の場合、それ成立しないと思うんだよね」

いつもどおりのくだらない言い争い。鬱陶しい。でも、これが私の日常。常に2人が傍にいる。学校では何の関係もない赤の他人として振舞ってやる。絶対、関わりたくない。

 玄関を開けて庭に出ると、門の前に黒塗りの高級車が停車しているのが見えた。車を見るだけで、頭の天辺から圧がかかる。心臓がギュッと鷲掴みにされ、血の気が引いていく。
後部座席の窓が下がる。葵と晴に似た端正な顔立ちの中年男性が、顔を出した。

「おまえら、悪目立ちすんじゃねえぞ。次郎くんにも宜しくな」

鋭い目つきで、葵と晴を射貫く。双子の父親で、鹿島組組長の鹿島健一。

私を籠に閉じ込めた張本人。この人を前にしただけで、心も体も委縮する。未だに慣れない。

「麗、こいつらの世話係ってこと、忘れるな」

ドスのきいた低い声が、胸をざわつかせる。絶対逆らえない重圧がのしかかる。返事を待たず、すぐに窓が閉まり、車は走り去った。

「相変わらず、モノ扱いされてるね」

晴が明るい声で笑う。

 人の不幸を喜ぶなんて、趣味が悪い。

「持て」

葵が無理矢理鞄を押し付け、大股で歩き出す。その後に続く晴が、嘲笑の眼差しを向けてきた。
 麗は持ち手をぎゅっと握りしめ、2人の背中を睨んだ。

 あいつらにドロップキックをお見舞いして、踏みつぶして、ボロボロにしてやりたい!

地面に目を落とし、募る恨みを晴らす妄想を膨らませた。

「麗ちゃん、下ばかり見てたら損するよ」

晴に言われ、顔を上げる。
 満開の桜。朝日を受けて、薄い桃色の花弁がキラキラ輝く。眩しすぎて、目が痛い。

「ハルさまとアオさまだ!」
「ツイプリ揃ってる! 最高!」

女子たちの黄色い声と熱い視線があちこちから飛んでくる。
 麗の眉間に深いしわが刻まれる。

 ツイプリって……ツインズプリンスってこと? 
 ださすぎる。

「おい、ついてる」

麗の頭の上に、葵が手を伸ばす。
 髪を掴まれ、床に投げ飛ばされた記憶がよぎる。
 咄嗟に避け、葵の手は空を切った。

「避けてんじゃねえよ」

低く呟くと、麗の手から自分の鞄を引ったくって、体育館に向かった。

 今までのあんたの行いを振り返りなさいよ。避けるに決まってるでしょ。
 『下僕』
見下したように笑う葵の顔が浮かぶ。
 
「ほら」

晴が麗の頭についた花びらを取る。指先に息を吹きかけ、花びらが地面に舞い落ちた。その動作は、まるでドラマのワンシーン。人を惹きつける魅力がある。
 だから困る。
 全方向から女子たちの嫉妬の視線が、ズキズキと突き刺さって痛い。
 私は何もしてないのに。理不尽すぎる……。

「麗ちゃん、目立っちゃったね」

いたずらっぽい笑みが憎たらしい。絶対、わざとだ。いつもそう。悔しがる私を見て喜ぶ。性根が腐ってる。

「私には、関係ありません」

冷淡な声と無表情を意識する。ここで狼狽えたら、晴の思う壺だ。

「そうかな?」

天使のスマイルを女子たちに向けて、手を振る。

「学校では、関わらないでください。他人なんで」

晴に指を突き付け、足早に体育館に入った。 


 厳かな雰囲気の中、入学式が始まった。
 理事長が壇上に立つ。それだけで、空気が変わった。

「理事長、イケオジすぎる……」

周囲がざわめく。
 最前列で、葵と晴に挟まれて座っている麗は、  理事長の顔と2人の顔を見比べ、首を捻った。

 少し、似てる? ……まさかね。

「一言だけ、君たちに贈ろう。ここで何を選ぶかで、人生が変わる」

たった一言。それだけなのに、場は完全に支配された。まさしく、カリスマ的存在。
 
「後悔のない選択を」

短い話を終え、マイクを戻す。
一拍置いて、場内が拍手に包まれた。

「続きまして、新入生代表の挨拶。主席入学の長宮麗さん、お願いします」

固い表情で立ち上がろうとする麗の足を、葵が踏みつける。

「痛いっ!」

葵を睨みつけると、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 
 こんな時にふざけないでよ。小学生か!

「麗ちゃん、頑張ってね」

晴が目を細めて笑いかける。

 なんだろう。笑顔の意図が読めなくて、怖い。

 演台の前に立ち、一礼をする。
 100人を超える新入生の視線が注がれる。
 カンペを取り出そうと、ブレザーのポケットに手を入れた。

 あれ? ない? 何で?

 全てのポケットを探っても見つからない。
 生徒たちがざわめき出す。
 前方を見ると、晴が憐れみの表情で手を振っている。指の間に、見覚えのある紙が挟まっている。
 ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。

 あいつ! ……落ち着け、私。
 自由を得るための第一歩、こんなことで失敗するわけにはいかない。
 大丈夫。ちゃんと準備してきた。カンペがなくても、私はできる。
 独学で主席合格した実力、舐めないで。

 前髪の隙間から、にやつく晴と見下した表情の葵を睨み、マイクを手に取った。

「新入生を代表して、ご挨拶申し上げます」

声を出した瞬間、ざわめきが静まる。

「創立60周年という節目に入学できたことを、誇りに思います」

落ち着いた声で、淀みなく言葉を重ねていく。

「すごいね。一字一句、同じだ」

カンペを見ながら、晴が目を見開いた。

「最後に一言……」 

ちらりと、理事長に目を向ける。
笑顔を意識して、口角を上げた。

「私は、流されず、自分で考え、自分で選んでいきたいと思います。ありがとうございました」

マイクを置いて、一礼する。
 パラパラとまばらな拍手から、次第に大きなものへと変わっていった。
 
「なんだよ、あれ。調子狂うな」

葵は髪をくしゃっと掴んで、呟く。

「さすが首席。最後の一言は、アドリブ?」

席に戻ると、晴が囁いてきた。

「さあ。どうでしょう」

晴の手からカンペを奪い取り、ポケットに押し込む。

「続きまして、在校生を代表して生徒会長の佐沖澪さんから挨拶をしてもらいます」

長い黒髪をなびかせ、優雅に壇上に上がる。胸元の紫紺色のリボンが揺れる。

「すっごい美人」
「顔小さくて、足細い! モデルみたい」

感嘆の声が広がる。
 一礼して、柔らかい笑みを浮かべた。
 誰もが息を呑む。だが、葵と晴だけは違った。

「うさんくさい。おまえと同類だろ」

葵が鼻で笑う。

「否定はできないかな」

晴は、ふふっと不適な笑みをこぼす。
 澪の方がよっぽどまともに見える。でも、あの笑顔はうっすら危険な匂いがする。
 
「人は、環境によって変わります。だからこそ、正しい方向へ進むことが大切です。私たち生徒会が、皆さんをサポートします。これから、宜しくお願いしますね」

大きな拍手が起こる。
 花がほころぶように、華やかに微笑む。
 ほんの一瞬、澪と目が合う。

 カチッ。

 何かが小さくぶつかる音が、鼓膜を震わせる。

 何、今の。気のせい? 

 妙に背筋が冷えた。


「各クラスに移動してください」

誘導の声がかかる。
 椅子を引く音が、一斉に響く。
 人の流れに押されるように、歩き出した。

 3組の教室の前で立ち止まり、振り返る。

「じゃあ、私は3組だから……って、いない?」

さっきまでそこにいた2人の姿が見えない。 

 まあ、いいや。ようやく離れられる。ここから私の、高校生活が始まる! 

 意気揚々と教室に一歩、足を踏み入れる。
 その途端。

「キャーッ!」

女子たちの歓喜の叫びを浴びせられた。

「ツイプリと同クラとか、神!」
「私、中学の時からファンです!」
 
教室の中央に人だかりができている。全て女子だ。輪の中心には、見慣れた顔。

 な、何で、あいつらが⁉

 慌てて黒板に貼られている席順を見に行く。教室の中央辺りに、自分の名前がある。3組なのは、間違っていない。一度気持ちを落ち着かせて、右端から順に見ていく。1列目を終え、2列目にさしかかった時。

 鹿島葵。
 鹿島晴。

 双子の名前が、縦に並んでいる。

 どうして……。-
 あの時、何も言ってなかったのに。

 入学通知が来た日。
 
「それよこせ」

通知を葵に奪われ、晴も覗き込んできた。

「3組、か」
「へえ」

葵は顔をしかめ、晴は笑顔で、自分たちの通知をぐしゃっと握りつぶした。

 あの後何も言わなかったから、同じクラスじゃないと思い込んでいた。なのに、何で? 偶然にしてもできすぎてる。もしかして、組長の圧力? 裏社会の権力者とはいえ、いち保護者なのに。……いや、あの人ならあり得る。

「麗ちゃん、ぼくたち同じクラスだね!」

わざとらしい大声で、晴に名前を呼ばれる。おそるおそる振り返ると、クラスメイトの目線が一斉に集まった。女子たちは訝しみ、男子たちは好奇心に溢れた目をしている。

「……人違いでは?」

苦しまぎれの言い逃れをするが、通用するはずがなかった。

「何言ってんの。ぼくが人違いなんてするわけないじゃん。一緒に住んでるのに」

教室中が一斉にざわめきだし、騒々しくなる。

 関わるなって言ったのに! しかも、誤解を受けるような言い方。マジでありえない。

「違う!」

否定したのに、ファンたちが敵意のこもった目で睨んできた。

「何それ?」
「モブ女のくせに、意味分かんないんだけど」

晴の言うことを盲目的に信じてるあんたたちの方が、意味分かんないんだけど。

「同棲ってことか?」

男子たちのいやらしい目つきが不快極まりない。

「そういうんじゃない! 誤解で……」

必死に取り繕うとするが、クラスメイトたちの不躾な視線が、肌に突き刺さる。
 処刑台に立たされているような気分だ。悪いことしてないのに。 
 何で、そんな目で見るの? 私のこと、何も知らないくせに。
 好きで鹿島家にいるんじゃないのに。
 
 目を伏せる。
 非難と憶測の声が飛び交う。
 
 平凡な高校生活を送りたかっただけなのに。
 ……ここで俯いたら負けだ。

全員の視線を受け止め、睨み返す。クラスメイトたちは怯み、ざわつきがおさまった。
 ここから、挽回すればいい。私がどんな扱いを受けているか知れば、みんな分かってくれる。
 淡い期待を抱いて、口を開こうとした。
 だが……。

「こいつは俺の下僕だ。手ぇ出すな」

葵が麗の前に立ちはだかり、クラスメイトたちを睨みつけた。

……は? 何言ってんの、こいつ。

思考が止まり、呆然と立ち尽くす。
 教室が、静まり返る。
 次の瞬間。

「ええええっ!?」

悲鳴に近い驚きの声が響き渡り、蜂の巣をひっくり返したような大騒ぎとなった。

「……終わった。私の、高校生活」

膝の力が抜け、その場にしゃがみこんだ。
 友達、恋、青春(アオハル)。想像していた高校生活が、音を立てて崩れる。
 儚く舞い散る桜のように、自由への希望は指の隙間から滑り落ちていった。
 
「くすくす。アオ、最高」

笑いを堪えている晴の肩に、葵が肘を乗せる。

「お前もあいつにちょっかい出すな」

唸るような、低く重い声。

「麗ちゃんは、ぼくのモノでもあるんだよ。2人の誕生日プレゼントにもらったってこと、忘れたの?」

晴は葵の肘をどかし、肩をすくめた。

 力なく立ち上がった麗は、拳を握りしめた。

 私は、モノじゃない。

 面と向かって言えない言葉を飲み下す。
 自由になりたい。そう願いながらも、籠の扉を開ける勇気も、外へ踏み出す勇気も、出なかった。
 高校に入れば変われると思ったのに。

 ……また、奪われる。

 6年前から、私の人生は狂わされてばかり。
 父の失踪。
 借金取り。 
 やつれていく母。
 真っ赤な水と、青白い母の顔。
 ひとりぼっちの私は、鹿島家という鳥籠に放り込まれた。
 人ではなく、モノとして。

 今日からは束の間でも、人として、長宮麗として、生きられるはずだったのに……。
 高校生活まで奪わないでよ。
 これ以上、こいつらに自由を奪われたくない。
 私の人生、取り戻したい。

葵が眉間の皺を深くして舌打ちをし、教室を出て行こうとする。
 その時、校内放送が流れ、室内は少し落ち着きを取り戻した。

『呼び出しをします。1年3組の鹿島葵さん、鹿島晴さん、長宮麗さん。至急理事長室に行ってください』

 心当たりが何もない。この2人のせいとしか考えられない。
 こいつらのせいで、高校生活めちゃくちゃだ。
 もう、嫌だ。放っておいて。友達も、恋も、青春(アオハル)もいらないから、ひとりにさせて。私を解放して。
 鼻の奥がつんと痛む。喉が締め付けられるように痛い。 
 ……泣いてたまるか。晴を喜ばせるだけだ。
 歯を食いしばって堪える。
 戸惑うクラスメイトたちの視線から逃げるように、急いで教室を後にした。

 重厚なダークブラウンの扉を見上げ、麗はふうと息を吐きだした。
 ノックをする前に、葵がドアを開けて入った。そのまま、革張りのソファに腰を下ろし、足を組んで座る。不遜な態度の葵に驚いていると、晴が親し気に理事長に手を振った。

「次郎叔父さん、久しぶり~」

……叔父? 組長が言ってた“次郎”って、理事長のことだったの? 

「君が麗さんだね。義兄さんから話は聞いてるよ」

理事長は穏やかに微笑んだ。目だけが、鋭い。
 びくっと肩が震える。組長とは別の意味で逆らえない恐さがある。

「で、呼び出しまでして何の用?」

葵は伸びをして完全にくつろいでいる。

「君たちを“ウラ風紀委員”に任命しようと思ってね」

有無を言わせない笑顔の圧。
 葵と晴の表情が強張る。

 ウラ風紀委員? 怪しすぎる。私の高校生活がどんどん遠ざかる。

「表では処理できない学院の問題を、教師にも生徒にも知られず、秘密裏に解決してもらいたい」

何で、私たちが? 

 怪訝な顔をする麗の横で、葵は面倒そうに舌打ちをし、晴は面白がるように笑っている。

「3人とも、やってくれるね」

空気が凍り付く。問いかけではない。命令だ。……けど。

「他の委員会や部活と兼任してもいいですか?」

おずおずと理事長に問いかけた。

「ウラ風紀委員に専念してくれ」
「どうして……」

愕然と呟く。

「自由になりたいかい?」

理事長が薄く微笑む。
 ダメだ。期待してはいけない。
 そう思うのに、心が揺れる。

「選びなさい。ウラ風紀委員をやるか、入学を取り消して籠に逆戻りするか」

理事長は2本指を立てて、微笑んだまま視線を逸らさない。

 自由を餌に、また選ばされる。
 自由は与えてもらうものじゃないって、わかってくるくせに。
 期待しても、ことごとく裏切られてきたくせに。
 心ががんじがらめに縛り上げられて、息苦しい。

『ここで何を選ぶかで、人生が変わる』

理事長の言葉が脳裏をよぎる。
 ——選ぶのは、私。
 選ばされるだけの人生は、もう終わらせたい。
 私の意思は、誰にも奪わせない。

「……選べないと、言ったら?」

強張る唇から、かすれた声が漏れ出る。
 葵と晴が、ぎょっとした顔で麗を見た。

「そうか。選ぶつもりはない、と」

理事長は笑顔であっさり頷いた。
 この笑顔、油断できない。

「では、理事長権限で強制執行させてもらう」

重低音の圧が、重くのしかかる。理事長の鋭い眼光が麗を貫いた。 

 何それ。選ぶ権利なんて、最初からなかった……。
 悔しい。こんなの、あんまりだ。
 
 麗は固く握りしめた拳を震わせる。
 ぽっかり空いた胸の穴から、どろりと黒い感情が滲み出る。じわじわと胸の奥を締め付けていく。

 ここには最初から自由なんてなかった。
 葵と晴が傍にいる限り、私はどこにいても人にはなれない。
 奪われるだけなんて、嫌だ。
 選ばされたとしても、流されたくはない
 自分の人生は、自分で選ぶ。
 
「……絶対に」

窓から差し込む日差しが、薄茶色の瞳を照らす。
 瞳の奥に宿る強い光を知る者は、誰もいない。
 これだけは、奪わせない。

 普通の高校生活の代わりに始まったのは、復讐も、青春も、運命も絡みつく日々。
 それでも私は抗う。
 選ぶ側になるために。