アオハルな恋とウラらかな復讐

 桜舞う4月。網戸越しに入ってくる暖かいそよ風が、庭の桜の木を静かに揺らしている。塀越しに小学生たちの陽気な笑い声が聞こえてきた。窓を閉めると、声は一切聞こえなくなった。
 机とクローゼット、ベッドしかない質素で狭い4畳半の部屋は、片付けられているというより、物が少なく生活感があまりない。ベッドの側面の壁には、武骨な筆文字で記された「鹿島組」のロゴが入ったカレンダーがかけられている。7の日付までは赤色のマーカーでバツ印がつけられているが、“8”の数字は何重にも赤い丸で囲われている。その上から更に目立つように、黒のマジックペンで太く大きく“入学式”と書かれている。それを書いた張本人は、自分が書いた文字を見てニヤリと口角を上げた。

 ようやくこの日がやってきた。小学生ぶりの学校生活。あの2人と同じ学校なのは気にくわないけど、私に選択肢はない。6年前、すべてを失って人生めちゃくちゃにされたけど、主席合格でタダで高校に通えるのは私の努力の賜物。日中だけでもこの家から離れて、あの2人の下僕から解放される時間があるなんて、嬉しすぎる! 

 クローゼットの扉に備え付けられている全身鏡に映る自分を確認する。県内では名の知れた私立高校「九南(くなん)学院」の制服は、可愛いだけじゃなく品があると人気で、この制服のために九南学院に通いたい人も少なくないとか。
 モカ色のブレザーに、ネイビーのチェック柄のスカート、胸元にはエンジ色のリボン。リボンは学年で色が違うそうだ。思ったよりも似合っている気がする。多分。重たく長い前髪がなければもっといいのに。
 真新しいネームプレートをブレザーの胸ポケットに差し込む。「長宮麗(ながみやれい)」の文字をそっと撫で、机の上に飾ってある写真を見つめた。喫茶店を背景に、小学校に入学したての麗と母、そして全身をマジックで黒く塗つぶされた人物が写っている。麗は目を閉じ、写真に向かって手を合わせた。

「お母さん、行ってきます」

 ドンドン、ドンドン!

 乱暴に部屋のドアが叩かれ、返事をする間もなく勝手に開かれた。女子の制服と同じモカ色のブレザーに、ネイビーのスラックスを履いた黒髪の男子が、不機嫌そうな顔でズカズカと部屋に入ってきた。

 あー、せっかくの気分が台無し。

 緩んでいた顔から一気に表情が消える。そんな麗にお構いなく、目付きは悪いが、異性の目を惹く整った顔立ちの男子が、ぶっきらぼうな口調でエンジ色のネクタイをほうり投げてきた。

「おい、いつまで準備してんだよ。これ、お前がやれ」
「……ちっ。分かりました」
「おまえ、今舌打ちだろ!」
「いいえ、(あおい)さま。気のせいでは?」

チンピラのように眉をしかめて睨みつけてくるが、麗は素知らぬ顔で素早くネクタイを締めていく。最後の仕上げにキュッと締め付けると、苦しそうに喉を押さえ、声を荒げた。

「て、てめえ!」

麗が顔を上げて前髪の隙間から無表情で見つめると、葵は顔を赤らめて1歩、2歩後退していく。その分、麗が距離を縮め、掌を上に差し出すと、葵は眉をしかめて何もない掌に目を向けた。

「何だよ」
「ネームプレートは?」
「は? あんなのつけんのかよ」
「つけないならいいですけど。時間もないですし、そろそろ行きましょう」
「ちょっと待てよ。あるって。ほら」

ブレザーのポケットから「鹿島葵(かしまあおい)」と記されたネームプレートを取り出し、麗の顔面に突きつけてきた。

「あるなら初めから出してくださいよ。時間のムダです」
「おまえ、ほんっと生意気になったよな。うちに来た時はおどおどして、あんなに怯えてたくせに」

口の端っこを持ち上げて小馬鹿にした笑いを浮かべる葵に目もくれず、麗はネームプレートを葵の胸ポケットに差すとさっさと部屋を出て行った。

「おい、無視すんなよ!」

聞こえなかったことにして溜息をついて玄関へ向かう。日本家屋の広々とした玄関土間に、葵と同じ顔をした茶髪の男子が、人畜無害そうに見える笑顔で、手をひらひら振ってきた。

「おはよう、麗ちゃん。制服似合うね。可愛い」
(ハル)くん、おはようございます」

麗は眉をしかめ、頭を下げた。

「心にもないことを」

床に向かって小さく呟いた麗の声は、怪獣のようにドタドタと廊下を走る葵の足音にかき消された。

「アオ、ネクタイちゃんとできたんだ。あっ、違うか。麗ちゃんにやってもらったんでしょ。高校生にもなってやってもらうとか、ひくわ~」
「うるせえな、クソガキ。黙れ」
「相変わらず口悪いねえ。ガキっていうけど、同い年じゃん」
「てめえは弟だろうが」
「双子の場合、それ成立しないと思うんだよね。母さんは帝王切開だったっていうし、たまたま医者がアオの方を先に取り上げただけでしょ。絶対ぼくの方が兄に向いてるよ。麗ちゃんもそう思うよね?」
「早く行かないと入学式に遅れますよ」

心底どうでもいいといった白けた表情で、麗が横開きの玄関ドアを開けると、表門までの庭に人相の悪い黒スーツのいかつい男たちがずらっと並んでおり、葵と晴に向かっていっせいに頭を下げてきた。

「いってらっしゃいやせ!」

野太い声に見送られながら表門まで行くと、黒塗りの高級車が門の前に停まった。後部座席の窓が開き、葵と晴に似た端正な顔立ちの中年男性が顔を覗かせた。ドスのきいた重低音ボイスが麗の胸をざわつかせる。

「アオ、ハル。堅気のもんに迷惑かけるんじゃねえぞ。次郎くんにも宜しくな。麗、学校でもお前は2人の世話係だってこと忘れるな」

3人の返事を待たずに窓は閉められ、車は走り去って行った。

「あのクソ親父。言いたいことだけ言って行きやがった」
「父さんは麗ちゃんのこと、いつまでたっても“モノ”としかみてないんだね。麗ちゃん、かわいそーに」

晴が同情の眼差しを向けてくるが、目の奥は愉快気に笑っているように見える。麗は地面を睨みつけ拳を握りしめながら、葵と晴の一歩後ろをついていった。

 わざわざ言われなくても分かってる。あの人にとって私は“モノ”と同じ。だけど、何でわざわざ学校に行ってまで、むかつく双子の世話しなきゃいけないわけ?! 自分の努力で掴んだ高校生活まで、こいつらと常に一緒とかありえないんだけど!

 麗は歯を食いしばり、深く息を吸い込んでゆっくり吐き出した。
 前を歩く黒髪と茶髪の後ろ姿に思いっきり飛び蹴りをくらわし、通学鞄でタコ殴りにして何度も何度も踏みつける。整った顔を腫らしてぼこぼこになった葵と晴に向かって、勝ち誇った笑みを浮かべると、足元から情けない声が聞こえてくる。
「麗さま~、もうやめてください……」
「麗さま、ごめんなさ~い……」
「ふっ。下僕から見下ろされる気分はどう? こんなんじゃ私の気持ちは全然晴れないけど、学校ではあんたたちと離れて過ごすつもりだし、これぐらいにしといてあげるわ。オーホッホッホッホッ!」
どうよ、私だってやればこれぐらいできるんだから!

「フフフフ、フフフフ」
「……ちゃん、麗ちゃーん、おーい。なんか悪い顔になってるよー」

下から晴に顔を覗かれ、我に返る。ストレス発散のバイオレンス妄想についのめり込んでしまった。

 悔しいけど腕力じゃこいつらに敵わない。でも、いつか絶対、積もりに積もった恨みを晴らして、復讐してやるんだから!

「麗ちゃん、変な顔で下ばかり見てたらつまらないよ。上を見て。入学式に桜が満開なんて珍しいよ」

いつの間にか校門の前まで来ていたようで、麗が顔を上げると学校前の通りにも桜が立ち並び、広々とした校庭を取り囲むように桜の木が植わっている。変な顔は余計だが、晴のいうとおりどれも満開だ。朝日を受けて薄い桃色の花弁がキラキラ輝いて見える。柔らかい風に舞う花弁に手を伸ばそうとした時、葵がふいに振り向いてきた。

「おい、ついてるぞ」
「え? 何が…」

葵が麗の頭の上に手を伸ばしてくるが、麗は咄嗟に避け、葵の手は空を切った。怒りと気恥ずかしさで顔をしかめて睨みつけてくる葵のことは気にせず、麗が頭の上に手を乗せると、桜の花びらが1枚のっかっていた。

「おまえ、避けるなよ!」
「つい、条件反射で」

くすくすと口に手を当てて笑う晴の肩にグーパンをお見舞いしてから、葵はひとりでズカズカと校庭を突っ切って行ってしまった。

「アハハ、アオって、いつまでたってもガキだよねえ」
「人のこと笑えないと思いますけど」 

冷たい目を向ける麗に、晴はすっと目を細めて顔を近づけ、耳元で囁いた。

「ぼくはアオよりずっとオトナだよ」
「そうですか」
「キャーッ!」

溜息交じりに呟いた麗の言葉は、少し離れたところから湧き上がった黄色い声にかき消された。興奮気味の女子たちに晴が人当たりの良い笑顔で手を振ると、更に歓声が上がり、他の女子たちも引き寄せられるように晴の周りに集まり出した。麗は女子の群れから逃れ、心の中で晴の仮面に騙されている女子たちを憐れんだ。

 モテるとは聞いていたけど、ここまでとは。あのうさんくさい笑顔にみんな騙されてる! 本当はそいつ、腹黒ドSクズ人間なんだから! 一体今まで何人の女子を泣かせてきたことやら。かくいう私も一回騙されたし。あー、今思い出しても腹が立つ! 人の気持ちを弄んで喜ぶなんて悪魔の所業! 絶対許せない。
 もちろん葵も許せない。宿題とか課題とか、部屋の掃除とか、くっさい道着の洗濯とか、嫌なこと全部私にやらせて、ありとあらゆる嫌がらせしてきやがって、あの永遠のクソガキめ! 積もりに積もったこの恨み、いつか晴らしてやる。
 ていうか名前もむかつく。葵と晴でアオハルって、2人で青春(アオハル)か! 私の憧れの青春(アオハル)ぶちこわすな! 
 私だって、友達作ったり、部活したり、恋したり、普通の平穏な高校生活送ってやるんだから!!

 と意気込み、入学式で主席挨拶という大役に挑んだ。大勢の生徒の前で壇上に上がったんだから、重たい前髪で目が隠れているとはいえ、顔が広く知られただろうし、クラスメイトたちに声をかければすぐ友達ができるかもと淡い期待を抱いて、入学前に通知された3組の教室へ向かった。

「キャーッ!」

この耳をつんざく色めきだった女子の声は、まさか!

 嫌な予感がしておそるおそる教室を覗くと、あの最恐最悪な双子が女子たちに囲まれていた。ドアの上に突き出しているプレートを確認するが、そこには間違いなく1-3の文字が。黒板に貼られている席順を見ると、自分の名前が教室の中央辺りにある。右端から順に見ていくと、2列目に双子の名前が縦に並んでいるのを見つけた。

 ウソ。あの2人、私が3組だって言っても同じクラスだなんて一言も言ってなかったじゃん。てっきり違うクラスだと思ってたのに。あっ! だからあの人、あんなこと言ったの?!

 麗の脳裏に、双子の父親の言葉が蘇ってきた。

「麗、学校でもお前は2人の世話役だってこと忘れるな」

あれって、こういうこと?! これって偶然? それともあの人の圧力で? そんなことある? いくらここらへん一帯を牛耳ってる裏社会の人間っていっても、いち保護者だよ。まさか、ね。

「麗ちゃん、ぼくたち同じクラスだね」

教室中に聞こえるようわざとらしい大声で晴に名前を呼ばれ、おそるおそる振り返ると、クラスメイトの目線が一斉に麗に集まった。女子たちはいぶかしむ眼差しを向け、男子たちは好奇心に溢れた目を向けてきている。

「えっと、人違いでは?」
「何言ってんの。さっき主席挨拶したんだから、みんな麗ちゃんの顔しっかり覚えてるはずだよ。ましてやぼくが人違いなんてするわけないじゃん。一緒に住んでるのに」

教室中が一斉にざわめきだす。昔、葵に命じられてハチの巣を突っつかされた時の、怒ったハチたちの凄まじい羽音が思い出される。
 女子たちは目を吊り上げ、麗に対する文句や疑問を口にしながら、敵対の意思を込めてにらみつけてきた。男子たちはよからぬ妄想に駆り立てられているような、いやらしい目つきでまじまじと見つめてくる。麗は天を仰いで零れ落ちそうになる涙を堪えた。

 ああ、終わった。普通の平穏な高校生活よ、さようなら……。

 唐突に葵が麗の前に立ちはだかり、ヤンキーさながらポケットに両手をつっこんで、クラスメイトを睨みつけた。

「おまえら、変な勘違いすんなよ。こいつは俺の下僕だ。手出すんじゃねえぞ」

一瞬教室が静まり返る。次の瞬間、悲鳴に近い驚きの声が教室に響き渡った。麗は膝の力が抜け、その場にしゃがみこみ、絶望に打ちひしがれた。

「本当に、終わった。私の、高校生活……」

肩を揺らして笑いを堪えている晴を睨みつけながら、葵が晴の肩に手を乗せ、低い声で呟いた。

「お前もあいつにちょっかい出すな」
「いつの間にアオだけのモノになったのさ。麗ちゃんはぼくのペットでもあるんだよ。ぼくとアオ、2人の誕生日プレゼントでもらったってこと、忘れたの?」

晴は笑みを浮かべたまま葵の手をどかした。葵が眉間の皺を深くして舌打ちをし、教室を出て行こうとする。その時、校内放送を知らせるチャイムが流れ、ざわめいていた教室が少し落ち着きを取り戻した。

「呼び出しをします。1年3組の鹿島葵さん、鹿島晴さん、長宮麗さん。理事長がお呼びです。至急理事長室に行ってください」

何で入学早々理事長に呼び出されるわけ?! あの双子と同じ高校の時点で、平穏な高校生活とか、最初から存在しなかったの?! やっぱりあいつらのせいで私の人生めちゃくちゃだー! 

 麗は頭を抱えながらも、戸惑うクラスメイトたちの視線に耐えきれず、葵と晴を連れて急いで教室を後にした。

 重厚なダークブラウンの扉を見上げ、麗はふうと息を吐きだした。隣に立つ晴が小首をかしげて顔を覗き込んでくる。

「もしかして麗ちゃん、緊張してる?」
「当たり前です。主席合格して挨拶までしたのに、何であなたたちと一緒に呼び出されないといけないんですか。2人のせいで楽しみにしてた私の高校生活、台無しなんですけど」
「やっぱり楽しみにしてたんだ。さっきの教室での顔、最高だったよ」

口許に手を当あててぷぷぷと笑う晴の顔面に重いパンチをお見舞いして、扉に頭を何度も打ち付けて扉を破壊するバイオレンス妄想にふけっている間に、葵がドアを開けて中に入って行ってしまった。

「あ、ノックもしないで入るとか失礼ですよ」

我に返って葵をたしなめてから中に入ると、葵が革張りのソファに腰を下ろして偉そうに背もたれに背中を預け、足を組んで座っていた。麗は顔が青ざめていき、窓を背に座っている理事長に深々と頭を下げた。

「失礼な態度をとって申し訳ございません!」
「麗ちゃん、気にしなくていいんだよ」
「は?」

正気じゃない晴の言葉に頭を上げて眉をしかめると、晴は理事長に向かって親し気に手を振った。

「次郎叔父さん、久しぶり~」
「お、叔父さん?!」
「君が、麗さんだね。お義兄さんから話は聞いてるよ」

葵と晴の父よりも年齢が若く見え、人当たりの良い笑みは警戒心を薄くさせる。葵と晴にとって叔父にあたり、「お義兄さん」とは双子の父親のことだとすると、おそらく理事長は双子の母親の弟なのだろう。麗が鹿島家に連れてこられた6年前には既に母親は別居しており、麗は一度も会ったことがない。イケオジの部類に入る理事長の顔立ちからきっと母親は美人なのだと想像できる。

「で、呼び出しまでして何の用だよ」

伸びをして完全にくつろいでいる葵に、理事長は苦笑を浮かべた。

「お義兄さんは親戚ってことで、我が校に多大な寄付をしてくれてるから、君たちの要望にもある程度柔軟に対応しようとは思っていてね。3人同じクラスにしたし、これから先のイベントごとでチームを組むような時には、必ず3人同じにしてもらうよう担任に圧もかけたし」
「ちょ、ちょっと待ってください! この2人がそんなことお願いしたんですか?」
「いやいや、正確に言えば、2人とも麗さんと同じがいいけど、2人は別々にしてくれって無茶を言うもんだから、折衷案で3人まとめてってことにしたんだよ」

麗が唖然として葵と晴を交互に見ると、葵は不服そうに唇を尖らせ、晴は肩眉を下げて残念そうな顔をした。

「仕方ないよね。麗ちゃんはぼくとアオのものなんだから。麗ちゃんをチーズみたいに半分に裂くわけにはいかないし」
「さらっと怖いこと言わないでください。それより、この先もずっと2人と一緒って、本当ですか!?」
「仕方ないんだよ。そうしないと他の学校に入学するって言うもんだから。お義兄さんからの寄付金は相当ありがたいからね。まあ、反社からの寄付金受け取ってるって知られたら私もこの学校も終わりなんだけど。そこはうまいことやっていかないとさ」

何、それ! 結局世の中、金なわけ!? 私の人生、金のせいでドン底だよ!

 麗の心の叫びなど聞こえていない理事長は、困った顔で話を続けた。

「アオくんもさ、一応スポーツ特待生で入学したけど、どの部活にも入りたくないって言うもんだから、他の先生を納得させるの大変だったよ。それに、どの委員会にも入らないとかアオくんだけじゃなくてハルくんも言い出すし」
「叔父さんがなんとかしてくれたんだろ」
「さすが理事長。持つべきものは権力と金のある親戚だよね」

だめだ、こいつら。甘やかされすぎて世の中舐め腐ってる。良い人そうな顔している人ほど、何かウラで恐ろしいことしてるのが世の中の常識でしょ。わざわざ呼び出したんだから、ただ話すためだけじゃないに決まってる。

 麗が警戒しながら理事長を見つめていると、葵、晴、麗に満面の笑みを向けてきた。

「ただし、条件付きだよ。君たちには“ウラ風紀委員”をやってもらう」
「はあ?」
「何それ」
「ウラ風紀委員?」

予想の斜め上のワードが飛び出し、麗は葵と晴と一緒に顔をしかめた。

「近年我が校の入学志願者数が減っていてね。その原因が、他校とのもめごとだったり、教員の不正だったり、いじめだったり。そんなのは他の学校でもよくあることだけど、我が校ではなるべく穏便に解決してきたんだ。しかし、SNS上で問題の証拠動画が流出したり、あることないこと好き勝手言う輩の動画が拡散したりして、ネガティブなイメージが持たれるようになってしまってね」
「だから何だよ。ネットに流してるやつらを捕まえろとか言うんじゃねえだろうな」

葵がソファから立ち上がって理事長を見下ろすが、まさかと笑いながら首を横に振った。

「ネットにアップされてからじゃ遅いよ。そうなる前に、君たちにウラ風紀委員として我が校の問題を、影ながら解決してほしいんだ」
「ウラだろうがなんだろうが、委員会に入れってことでしょ。ぼく委員会やりたくないって言ったよね」

晴が笑顔を消して冷たい表情を理事長に向けた。気のせいか室内の気温が数度下がったような寒気がする。

「普通の風紀委員みたいに規律正しくしたり、活動報告をしたりする必要はない。むしろウラ風紀委員の存在と活動内容は、他の生徒や教員に知られたくない。ウラ風紀委員の主な活動は、問題が公になる前に誰にも気づかれないよう、影ながら穏便に解決することだからね。君たちの使えるものは何でも使ってもらって構わない。権力でも、金でも、コネでも、人でも」

ふっと葵と晴の不敵な笑い声が重なり合う。たまに双子らしいシンクロを見せる時は、たいてい同じような悪い顔をしている。麗は不穏な空気に眉をしかめ、葵と晴を交互に見た。

「そういう意味のウラか」
「なら、ぼくたちにぴったりだね」

教育者の鑑のような笑顔で頷いている理事長だが、本当は双子の父親の実の弟じゃないかと疑いたくなる。もしかしたら理事長にはウラの顔があるのかもしれない。

 あれ、でも、どうして私までこの2人とウラ風紀委員なんてやらないといけないわけ? 私は普通にオモテの委員会活動も部活もやりたいのに。

「理事長、どうして私もウラ風紀委員なんですか?」

当然の疑問をぶつけただけなのに、理事長も葵も晴も不思議そうな顔で見てくるので、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気になってくる。

「君はアオくんとハルくんの世話係なんだよね? 2人とも君と一緒にいることを望んでいるし、きっと君がいれば2人はOKしてくれると思ったからさ」

何それ。私には拒否権ないの? 2人の世話係だから? 私が2人の下僕だから? 家の中だけじゃなくて、外に出てきても同じ扱いを受けないといけないの? 思い描いていた普通の平穏な高校生活なんて最初からなかったってこと?!

 それもこれも全部6年前のあの日のせいだ。私の人生は一番憎くて許せないあいつのせいで、狂わされた。お母さんの人生も……。