ゴールデンウィークも終盤に差し掛かった。連日の居酒屋バイトもなんとか乗り越えている。バイトの先輩たちとも仲良くなれて、体は疲れてるけど毎日が充実していた。
両手にビールジョッキを持って、奥の席に向かう。四つ持つとさすがに重いけど、これも筋トレになると思うとお得感があった。
「お待たせしましたーっ。って、えっ、聖凪さんっ?」
「明良、お疲れ」
労をねぎらってくれて、俺が持つジョッキを軽々と受け取ってくれる。
お友達と飲み会かな? 聖凪さんとテーブルを囲んでいる三人は、黒髪と、金髪、紫の髪で、派手だった。みんな聖凪さんとは違うタイプのかっこよさがある。その近くには、楽器が入っていそうなバッグが置かれていた。
「さっきライブが終わって、その打ち上げ」
「ライブ……えっ! 演奏する方なんですかっ?」
「そう」
「聖凪、言ってなかったのか?」
紫の髪の人が、呆れたように言う。肌が白くて、瞳も薄い茶色をしている。少し長めの紫の髪が自然に似合っている。さすが聖凪さんのお友達というか、めちゃくちゃ美形だ。
「わざわざバントやってるって言うのも変かなって」
「えっ、変じゃないですよっ。教えて欲しかったですっ、観に行きたかったですっ」
一ヶ月前に知ってたら、今日だけは休みをくださいって店長にお願いしたのに……。
……訊かなかった俺が悪いよな。聖凪さんのことをもっと知りたいのに、訊いたら迷惑じゃないかと考えてしまう。これだけ迷惑をかけてるのに、踏み込む勇気がないとか馬鹿みたいだ。
「ライブはまたやるし……ネットに動画上げてるから、とりあえずURL送っとく」
「ありがとうございます!」
シュンとする俺に聖凪さんはそう言って、スマホをタップした。聖凪さんが楽器演奏する姿、かっこいいんだろうなぁ。もしかして聖凪さんたちも、ライブ以外に動画配信とかしてるのかな? かなり見てみたい。
「俺はベース担当だから、端にいるだけだけど」
「ベースなんですね。俺、あの音好きなんです」
「好きだって! 良かったな、聖凪!」
「酔っ払いうざ……」
「まだ酔ってませーんっ」
金髪の人が聖凪さんの肩を組んで、明るく笑う。バチバチにピアスが空いててダメージ系の服を着てるけど、人懐っこい笑顔がなんだか癒される。
聖凪さんはその人の手を鬱陶しそうに払ってから、俺を見た。
「バイト、何時に終わんの?」
「えっと、十一時です」
「後三時間か。待ってるから、一緒に帰ろ」
優しく微笑まれて、いつかのように心臓がドキッとした。これって先輩後輩っぽいというより、恋人同士っぽいような……聖凪さん、本当にこういうところだよなぁ。
「居座る分、注文するよー!」
金髪の人が、注文用タブレットでお酒も料理もたくさん注文してくれた。
飲み放題じゃない方の期間限定カクテルや、高いおつまみも追加してくれる。高くなっちゃうと心配する俺に、紫の髪の人が「ずっと気になってたからこの機会に」と言って微笑んだ。……うん。美形の微笑みってドキッとする。
黒髪の人は一言もしゃべらなかったけど、金髪の人がずっとしゃべってるから、四人でバンドしてるのはバランスが良さそうだなと思ってしまった。
「あっ、そろそろ戻らないと……ごゆっくりどうぞ」
「うん。バイト頑張って」
頭を下げると、聖凪さんがポンポンと頭を撫でてくれた。
「聖凪、帰ったら俺たちのこと紹介しといてよ?」
「気が向いたら」
「向かなくても。これは義務だから」
そんな声が聞こえて、本当に仲がいいんだなと微笑ましくなった。
別の料理を受け取りに戻ると、店長が厨房から俺を呼んで手招きをした。四十代後半の店長は、昔ラグビー部だったというだけあって、熊のように大柄だ。顔も強面だけどすごく優しくて、みんなからも慕われていた。
でも叱る時はちゃんと叱る人だから、てっきり私的な話をしていたことを怒られるかと思ったら、店長はにこにこしながら俺にオーダー画面を見せてきた。
「由井君、あのテーブルの人とお友達?」
「はい。赤い髪の人とルームシェアしてます。俺、何か失敗しましたか……?」
「いやいや、ありがたいなぁと思って! 期間限定カクテルとサワーとハイボールも注文してくれてるし、料理も厨房が助かるメニューをいっぱい注文してくれてるんだよ。彼ら、分かってるねぇ」
サッと提供できる枝豆や漬物、冷や奴から始まり、あまり手間のかからないラインナップが並ぶ。この辺は利益率も高いらしい。他にもたくさんの料理が注文されていた。
それに加えて、価格が高めだからかなかなか出ないと店長が嘆いていた、『店長こだわりの本格チーズ盛り合わせ』と、『元板前の店長が捌く刺身盛り合わせ:特上(※店長出勤日限定メニュー)(注文を受けてから捌くため少々お時間をいただきます)』も注文されていた。刺身の方は、店長が選ぶ刺身に合う日本酒のセット付きだ。
「後で彼らにありがとうって言っておいてよ」
生け簀から特上用の魚を取り、「心を込めて捌くから」と、店長はご満悦だった。
店長はそう言ったのに、自ら刺身を聖凪さんたちのテーブルに提供しに行った。……日本酒を持った俺を連れて。
「お待たせいたしました。元板前の店長が捌く刺身の盛り合わせ特上と、刺身に合う日本酒、熱燗と冷やです。それから……魚を捌いた店長です」
店長から、紹介して、と上機嫌に言われていたけど、変だった気がする……。
「ぶはっ! 店長の紹介! 明良くん最高!」
「真面目だねぇ。明良君はいい子」
金髪の人が大笑いする。紫の髪の人もにこにこしながら俺を見つめた。聖凪さんは……顔を横向けてるけど、笑ってるよな。黒髪の人も口元がぷるぷるしてる。
「店長も笑わないでくださいよっ」
「いやー、刺身の店長添えみたいでいいねっ」
「いいと思ってないですよねっ?」
そう言うとますます笑われる。でも聖凪さんは俺の方を向いて、今度は嬉しそうに目を細めていた。
「明良が店長さんと仲良くて安心した」
「っ……はい、店長にはとてもよくしていただいてます」
「こちらこそだよ。由井君は本当にいい子だし働き者だし、うちに来てくれて良かった」
「そうなんです。だから俺も過保護になってしまって。店長さん、これからも明良をよろしくお願いします」
聖凪さん、本当にお兄ちゃんみたいだな……ちょっと恥ずかしいけど、家族がバイト先に来てくれると思ったらなんか嬉しい。
それから、店長が短く魚と日本酒の説明をした。刺身にはそれぞれの魚の名前が書いた札も添えられている。日本酒の方は、説明のパンフレット付きだ。
「どっちも本格的だね」
「居酒屋のレベル超えてるってー!」
「エンガワ美味そう……」
黒髪の人の声、初めて聞いた。低くてかっこいいな。
「それから、由井君のお友達ということで、こちらはサービスです。チーズに合う日本酒なのでぜひ」
店長がそう言って、俺はトレイに載せていた別の日本酒と、皿に盛った追加のチーズをテーブルに置く。スタッフの家族には店長がよくこうしてサービスしているけど、聖凪さんはルームシェアで、家族じゃ……一緒に住んでるなら家族みたいなものかな?
「お気遣いありがとうございます。チーズに日本酒は試したことがなかったので楽しみです」
紫の髪の人が微笑むと、店長は「ぜひ!」と突然大きな声で言った。すごい美形の微笑みって性別を超えるんだなぁ。俺もドキッとした。
その後はお客さんも増えて、大忙しだった。人が引いて来た頃にはもう十一時になっていて、俺は慌ててロッカールームに戻る。急いで着替えてスマホを見ると、聖凪さんから裏の公園にいるとメッセージが来ていた。
急いで公園に向かったら、聖凪さんは滑り台の近くのベンチに座っていた。
「すみません、お待たせしましたっ」
「大丈夫、待ってないよ。お疲れ様」
聖凪さんはクスリと笑って立ち上がり、俺の首元に手を伸ばす。
「フード、中に入ってる」
「えっ? すみませんっ」
薄手のパーカーだから、というか慌てすぎて気づかなかった。聖凪さんはフードを出してくれて、今度は俺の髪をチョンチョンと引っ張った。髪も乱れてたのか……色々ボロボロで恥ずかしい。
「夜ご飯、どこかで食べてく?」
「あ、いえ、夜食用に焼きそばを貰ったので、帰ってから食べようかと」
フードロスの取り組みで、その日に余りそうな物を貰える。昨日は海老春巻きとサラダを貰った。美味しいし食費も浮くし、遅番シフトは人気だ。
「今日は空が綺麗なんだよ。ここで食べてかない? 箸あるよ」
「えっ、お箸あるんですか?」
「昼にコンビニでカレー買ったら、スプーンと箸がついてきた」
楽器ケースの外ポケットからコンビニの袋を出して、中から箸を取りだした。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
「うん。どうぞ」
お箸を受け取って、焼きそばのパックを開ける。ふわっと広がるソースの香りで、お腹が一気に空腹を思い出した。
「聖凪さんも食べますか?」
「いや、さすがに腹いっぱい」
「ですよね。たくさん注文してくださってありがとうございました。店長もすごく喜んでました」
「喜んでたね。貢献できたなら良かったよ」
クスリと笑って、聖凪さんは空を見上げた。俺は焼きそばを口に運ぶ。
マンションから近くて時給高くて労働条件も良さそうだったから選んだけど、料理もすごく美味しいんだよなぁ。先輩たちもみんないい人だし、本当に俺って幸運続きだ。
「知ってたけど、明良って、色気より食い気なんだね」
食べ終わった頃、聖凪さんはそう言って笑った。
「空が綺麗って言っても、スルーされて箸の方に食いついたし」
「! すみません!」
「いいよ。本当に明良って面白い」
笑いながら、今なら見れる? と空を指さす。そちらに目を向けると、丸い月が頭上で輝いていた。
「多分、明良が住んでたところよりは見えないと思うけど。街が明るいのにこれだけ綺麗って、月はすごいよね」
「綺麗です……」
地元の真っ暗な空にキラキラと輝く大粒の星も綺麗だけど、明るい空に溶けるように浮かんでいる月も綺麗だ。ここは繁華街で星があまり見えないから、余計に月が強調されている。
「俺、引っ越して来てから、空を見る余裕もなかったみたいです」
「毎日頑張ってたからね」
「はい……だからこそ、こうして綺麗なものを見てホッとする時間も必要だったんだなと気づきました」
一度立ち止まる方が、心に余裕が生まれる。そう思えた。
「じゃあ、月イチくらいで綺麗なものを見に出かけようか。海とか山とか」
「いいですねっ。俺、こっちに来たら行ってみたいとこがあったんです。湘南の海とか江ノ島とか、水族館とか動物園も気になってて」
「明良の行きたい順で行ってみようか。メモするから全部教えて」
聖凪さんは、俺が言う場所をスマホのメモアプリに書いてくれる。
「あっ、あと、あの……とあるテーマパークにも行ってみたいです」
有名な場所なのに、一度も行ったことがなかった。
地元は関東から遠かったし、じいちゃんとばあちゃんは興味がなさそうだった。高校卒業の時に友達と行こうと話していたけど、結局別のテーマパークに決まった。そこはそこで、すごく楽しかった。でもやっぱり、こっちにも一度は行ってみたい。聖凪さんはそういう場所苦手かな……。
「とあるテーマパークって、これのこと?」
「それですっ」
「なんで名前を呼んだらいけない場所みたいに言うの」
呼んだら現れそう、と笑う。聖凪さんはその場所のサイトを見ながら、何度か行ったことはあるけど、と呟いた。
「ここならロアが詳しいから、案内頼むかな」
「ロアさん?」
「さっきいた、紫の髪の奴」
「あっ、あの、笑顔が優しい美形の」
そう言ったら、聖凪さんは突然ムッとした顔をした。
「明良はああいう顔が好き?」
「え? はい、美形は普通に好きですけど」
「俺は初対面で気絶されて、次に会ったら怖がられたのに」
怖がってたのバレてたんだ……。そういえば俺、ご挨拶の品を抱き締めてめちゃくちゃ震えてたもんな。申し訳なかった。
「初対面は幽……不可抗力でしたし、二度目は派手な髪色に驚いたんです。地元じゃいなかったですし、聖凪さんもすごいイケメンだから、イケメンの真顔は怖かったんです」
すみませんと謝罪すると、聖凪さんは今度は嬉しそうに目を細めた。
「俺のこともイケメンと思ってくれてるならいいや」
「思ってますよ。どう見てもイケメンじゃないですか」
スウェット姿でもあんなにかっこいいのがイケメンじゃないなら何なんだ。理不尽にキレそうなくらいイケメンだと思っている。
「休みの日教えて。ロアとも合わせて日程決めるから」
聖凪さんは早速ロアさんに連絡してくれた。俺もカレンダーアプリを開いて、休みの日を伝える。結局全部聖凪さんにして貰ってて申し訳なかった。
「あいつらのことだけど、ロアは、バンドのリーダーでボーカル」
紹介は義務、とロアさんが言っていたなと思い出す。
「金髪がライト。ギター。黒髪がソラ。ドラム。ロア以外は本名をカタカナにして使ってる。俺もそのままカタカナでセナ」
そこまで話して、聖凪さんは口を閉ざした。……本当に紹介だけで終わった。
「えっと……もうちょっと聞きたいです。そうだ、ロアさんはハーフなんですか? 目が薄茶色で綺麗でした」
「そう。母親が北欧で、髪も地毛が瞳と同じ色だよ。本名は英字表記。あと……ソラは無口だけどいい奴で、こだわるところにはこだわるし意外と頑固。ライトは、うるさい」
ライトさんの紹介、雑すぎじゃありませんか……。でもそれだけ仲がいいってことかな。
もっと聞きたいけど、踏み込みすぎるのは迷惑かな……いや、今までのままじゃ、いつまで経っても聖凪さんとみなさんみたいに仲良くなれない気がする。
「……みなさんとは、どこで出逢ったか訊いてもいいですか?」
意を決して訊ねたのに、あっさりと答えは返ってきた。
「俺とソラは高一から同じクラスで、ロアとライトは二年の秋に学祭で。二人は隣の県の高校だったけど、俺とソラが学祭でバンド演奏した時に、たまたま来てたロアが俺とソラのことを気に入ったからって声をかけてきたんだ。で、そのままバンドを組んだ」
「高校の学祭でバンド……かっこよすぎじゃないですか?」
「高校生ならそんなに珍しくもないだろ?」
エントリーが多すぎて予選があったくらいだし、とサラッと言う。さすが都会の高校は違うなぁ……。
「まあ、最初は断ったけど。噂のこともあったし。でもロアは人を見る目はあるって言って聞かないし、ライトはバンドやろーぜ、しか言わないし……断る方が面倒だなって」
聖凪さんは眉間に皺を寄せて溜め息をついた。ライトさんは見たまま押しが強そうだけど、ロアさんも優しそうに見えて押しが強いらしい。
「でもそのおかげで俺は聖凪さんが楽器演奏してる姿を見られるんですね。ロアさんたちに感謝です」
送られてきたメッセージを開いて、共有された動画のサムネイルを見つめる。
「見ないの?」
「お風呂に入ってからゆっくりじっくり堪能します」
「そんな改まられると緊張するんだけど。じゃあ、そろそろ帰るか」
聖凪さんに続いて立ち上がる。時計を見たら、もう日付が変わっていた。
隣に並んで歩きながら、ふと思う。バイト終わりにこうして一緒に帰る人がいるって、すごく幸せなことだよなぁ……。
帰宅してお風呂上がりに動画を観た俺は、興奮が収まらなかった。
サイトに上がっているライブ動画を全部観た。雑談やショートもあって、それには聖凪さんとソラさんはほとんど出ていなかったけど、みなさんがどういう人なのかも、仲がいいのも伝わってきた。その後に寝る時間はあったのに、ドキドキして一睡もできなかった。
朝になってリビングに向かうと、聖凪さんがソファに座っていた。
「聖凪さん……観ました」
「そっか。ありがと。……もしかして徹夜した?」
目の下のクマがすごいと言われて、バイト前に少し仮眠しようと決めた。
「眠れなかったです。だって、ライブすごくかっこよかったですっ。何度も聴きましたっ。どの曲も上手でロアさんの力強いのに綺麗な歌声も聞き惚れますし、聖凪さんのベースに集中して聴いてたら体がこう、自然とリズムを刻んで……心身共に興奮して一睡もできませんでした」
一息に言い切る。
ちょっと気持ち悪かったかな……。心配になって聖凪さんを見ると、口元に手を当てていた。その耳元が赤くなっている。もしかして、照れてる?
「……ありがと」
んんっ……なんだろこれ、胸がぎゅうっとなる……嬉しいというか、叫び出したい感じだ。でも叫ぶわけにもいかず、ぎゅっと胸を押えて気持ちを落ち着けた。
「それと、驚いたんですけど、登録者が七千人もいるんですけど……」
「ああ。バンド仲間の中では少ない方」
「これで少ないんですかっ?」
基準が全く分からない。でも、みなさんくらいかっこよくて演奏も歌も上手いなら、数万規模でもおかしくない。
「うちは動画にそんなに力入れてないから」
「そういうものなんですね……」
よく分からないけど、動画に力を入れると登録者数が増えるのか。
「あの、みなさんに、プロへのお誘いは……」
「ロアが言うにはたまに来てるらしい」
「えっ?」
「でもみんな、アマチュアで自由気ままにやるのが楽しいって意見で一致してる。プロの世界で生き残れるかと言われたら正直難しいし、その覚悟もない。音楽だけをやって生きて行くには、みんな他にやりたいこともあるから」
……その気持ちは、俺にもよく分かる。
俺も高校でサッカーの大会に出た後に、スカウトを貰ったことがある。サッカーは好きだし、仕事にできたら嬉しいと思った。
でも、大学に入って留学するのが俺のやりたいことだったし、卒業してからも、サッカーだけに力を注いで生きていけるかと考えたら……急に怖くなった。
俺には、どうしてもその道で生きて行くという覚悟がない。才能もあるわけじゃない。それなのに努力もできなくなったら、どうしようもなくなる。そう考えたら、スカウトを受けることができなかった。
その後も何度か大会はあったけど、俺は受験勉強を理由に早めに引退した。志望校の合否判定がいまいち思わしくなかった以上に、ボールに触れるのが怖くなったからだ。
聖凪さんたちみたいに自由気ままにやるのが楽しいと思えれば良かったのに、妙なところで臆病になってしまった。
「……俺も、同じことを考えたことがあります」
そう言ったら、聖凪さんは知りたいと言ってくれた。俺が話す内容を真剣に聞いてくれて、最後まで話したら、何故か「だからか」と呟いた。
「好きだからこそ、ってあるよね。またやりたいと思えるようになったら教えて。俺、たまにバンド仲間とフットサルやってるから」
バンド仲間とフットサル……どうして聖凪さんはこう、突然インパクトの強い単語を突っ込んでくるんだろう。かっこいいことこの上ない。いや、都会だと普通なの?
「なんだか話したらすっきりしました。近いうちにお願いするかもしれません」
「ん。楽しみにしてる」
それは俺の台詞なのに、聖凪さんは本当に嬉しそうに目を細めた。
両手にビールジョッキを持って、奥の席に向かう。四つ持つとさすがに重いけど、これも筋トレになると思うとお得感があった。
「お待たせしましたーっ。って、えっ、聖凪さんっ?」
「明良、お疲れ」
労をねぎらってくれて、俺が持つジョッキを軽々と受け取ってくれる。
お友達と飲み会かな? 聖凪さんとテーブルを囲んでいる三人は、黒髪と、金髪、紫の髪で、派手だった。みんな聖凪さんとは違うタイプのかっこよさがある。その近くには、楽器が入っていそうなバッグが置かれていた。
「さっきライブが終わって、その打ち上げ」
「ライブ……えっ! 演奏する方なんですかっ?」
「そう」
「聖凪、言ってなかったのか?」
紫の髪の人が、呆れたように言う。肌が白くて、瞳も薄い茶色をしている。少し長めの紫の髪が自然に似合っている。さすが聖凪さんのお友達というか、めちゃくちゃ美形だ。
「わざわざバントやってるって言うのも変かなって」
「えっ、変じゃないですよっ。教えて欲しかったですっ、観に行きたかったですっ」
一ヶ月前に知ってたら、今日だけは休みをくださいって店長にお願いしたのに……。
……訊かなかった俺が悪いよな。聖凪さんのことをもっと知りたいのに、訊いたら迷惑じゃないかと考えてしまう。これだけ迷惑をかけてるのに、踏み込む勇気がないとか馬鹿みたいだ。
「ライブはまたやるし……ネットに動画上げてるから、とりあえずURL送っとく」
「ありがとうございます!」
シュンとする俺に聖凪さんはそう言って、スマホをタップした。聖凪さんが楽器演奏する姿、かっこいいんだろうなぁ。もしかして聖凪さんたちも、ライブ以外に動画配信とかしてるのかな? かなり見てみたい。
「俺はベース担当だから、端にいるだけだけど」
「ベースなんですね。俺、あの音好きなんです」
「好きだって! 良かったな、聖凪!」
「酔っ払いうざ……」
「まだ酔ってませーんっ」
金髪の人が聖凪さんの肩を組んで、明るく笑う。バチバチにピアスが空いててダメージ系の服を着てるけど、人懐っこい笑顔がなんだか癒される。
聖凪さんはその人の手を鬱陶しそうに払ってから、俺を見た。
「バイト、何時に終わんの?」
「えっと、十一時です」
「後三時間か。待ってるから、一緒に帰ろ」
優しく微笑まれて、いつかのように心臓がドキッとした。これって先輩後輩っぽいというより、恋人同士っぽいような……聖凪さん、本当にこういうところだよなぁ。
「居座る分、注文するよー!」
金髪の人が、注文用タブレットでお酒も料理もたくさん注文してくれた。
飲み放題じゃない方の期間限定カクテルや、高いおつまみも追加してくれる。高くなっちゃうと心配する俺に、紫の髪の人が「ずっと気になってたからこの機会に」と言って微笑んだ。……うん。美形の微笑みってドキッとする。
黒髪の人は一言もしゃべらなかったけど、金髪の人がずっとしゃべってるから、四人でバンドしてるのはバランスが良さそうだなと思ってしまった。
「あっ、そろそろ戻らないと……ごゆっくりどうぞ」
「うん。バイト頑張って」
頭を下げると、聖凪さんがポンポンと頭を撫でてくれた。
「聖凪、帰ったら俺たちのこと紹介しといてよ?」
「気が向いたら」
「向かなくても。これは義務だから」
そんな声が聞こえて、本当に仲がいいんだなと微笑ましくなった。
別の料理を受け取りに戻ると、店長が厨房から俺を呼んで手招きをした。四十代後半の店長は、昔ラグビー部だったというだけあって、熊のように大柄だ。顔も強面だけどすごく優しくて、みんなからも慕われていた。
でも叱る時はちゃんと叱る人だから、てっきり私的な話をしていたことを怒られるかと思ったら、店長はにこにこしながら俺にオーダー画面を見せてきた。
「由井君、あのテーブルの人とお友達?」
「はい。赤い髪の人とルームシェアしてます。俺、何か失敗しましたか……?」
「いやいや、ありがたいなぁと思って! 期間限定カクテルとサワーとハイボールも注文してくれてるし、料理も厨房が助かるメニューをいっぱい注文してくれてるんだよ。彼ら、分かってるねぇ」
サッと提供できる枝豆や漬物、冷や奴から始まり、あまり手間のかからないラインナップが並ぶ。この辺は利益率も高いらしい。他にもたくさんの料理が注文されていた。
それに加えて、価格が高めだからかなかなか出ないと店長が嘆いていた、『店長こだわりの本格チーズ盛り合わせ』と、『元板前の店長が捌く刺身盛り合わせ:特上(※店長出勤日限定メニュー)(注文を受けてから捌くため少々お時間をいただきます)』も注文されていた。刺身の方は、店長が選ぶ刺身に合う日本酒のセット付きだ。
「後で彼らにありがとうって言っておいてよ」
生け簀から特上用の魚を取り、「心を込めて捌くから」と、店長はご満悦だった。
店長はそう言ったのに、自ら刺身を聖凪さんたちのテーブルに提供しに行った。……日本酒を持った俺を連れて。
「お待たせいたしました。元板前の店長が捌く刺身の盛り合わせ特上と、刺身に合う日本酒、熱燗と冷やです。それから……魚を捌いた店長です」
店長から、紹介して、と上機嫌に言われていたけど、変だった気がする……。
「ぶはっ! 店長の紹介! 明良くん最高!」
「真面目だねぇ。明良君はいい子」
金髪の人が大笑いする。紫の髪の人もにこにこしながら俺を見つめた。聖凪さんは……顔を横向けてるけど、笑ってるよな。黒髪の人も口元がぷるぷるしてる。
「店長も笑わないでくださいよっ」
「いやー、刺身の店長添えみたいでいいねっ」
「いいと思ってないですよねっ?」
そう言うとますます笑われる。でも聖凪さんは俺の方を向いて、今度は嬉しそうに目を細めていた。
「明良が店長さんと仲良くて安心した」
「っ……はい、店長にはとてもよくしていただいてます」
「こちらこそだよ。由井君は本当にいい子だし働き者だし、うちに来てくれて良かった」
「そうなんです。だから俺も過保護になってしまって。店長さん、これからも明良をよろしくお願いします」
聖凪さん、本当にお兄ちゃんみたいだな……ちょっと恥ずかしいけど、家族がバイト先に来てくれると思ったらなんか嬉しい。
それから、店長が短く魚と日本酒の説明をした。刺身にはそれぞれの魚の名前が書いた札も添えられている。日本酒の方は、説明のパンフレット付きだ。
「どっちも本格的だね」
「居酒屋のレベル超えてるってー!」
「エンガワ美味そう……」
黒髪の人の声、初めて聞いた。低くてかっこいいな。
「それから、由井君のお友達ということで、こちらはサービスです。チーズに合う日本酒なのでぜひ」
店長がそう言って、俺はトレイに載せていた別の日本酒と、皿に盛った追加のチーズをテーブルに置く。スタッフの家族には店長がよくこうしてサービスしているけど、聖凪さんはルームシェアで、家族じゃ……一緒に住んでるなら家族みたいなものかな?
「お気遣いありがとうございます。チーズに日本酒は試したことがなかったので楽しみです」
紫の髪の人が微笑むと、店長は「ぜひ!」と突然大きな声で言った。すごい美形の微笑みって性別を超えるんだなぁ。俺もドキッとした。
その後はお客さんも増えて、大忙しだった。人が引いて来た頃にはもう十一時になっていて、俺は慌ててロッカールームに戻る。急いで着替えてスマホを見ると、聖凪さんから裏の公園にいるとメッセージが来ていた。
急いで公園に向かったら、聖凪さんは滑り台の近くのベンチに座っていた。
「すみません、お待たせしましたっ」
「大丈夫、待ってないよ。お疲れ様」
聖凪さんはクスリと笑って立ち上がり、俺の首元に手を伸ばす。
「フード、中に入ってる」
「えっ? すみませんっ」
薄手のパーカーだから、というか慌てすぎて気づかなかった。聖凪さんはフードを出してくれて、今度は俺の髪をチョンチョンと引っ張った。髪も乱れてたのか……色々ボロボロで恥ずかしい。
「夜ご飯、どこかで食べてく?」
「あ、いえ、夜食用に焼きそばを貰ったので、帰ってから食べようかと」
フードロスの取り組みで、その日に余りそうな物を貰える。昨日は海老春巻きとサラダを貰った。美味しいし食費も浮くし、遅番シフトは人気だ。
「今日は空が綺麗なんだよ。ここで食べてかない? 箸あるよ」
「えっ、お箸あるんですか?」
「昼にコンビニでカレー買ったら、スプーンと箸がついてきた」
楽器ケースの外ポケットからコンビニの袋を出して、中から箸を取りだした。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
「うん。どうぞ」
お箸を受け取って、焼きそばのパックを開ける。ふわっと広がるソースの香りで、お腹が一気に空腹を思い出した。
「聖凪さんも食べますか?」
「いや、さすがに腹いっぱい」
「ですよね。たくさん注文してくださってありがとうございました。店長もすごく喜んでました」
「喜んでたね。貢献できたなら良かったよ」
クスリと笑って、聖凪さんは空を見上げた。俺は焼きそばを口に運ぶ。
マンションから近くて時給高くて労働条件も良さそうだったから選んだけど、料理もすごく美味しいんだよなぁ。先輩たちもみんないい人だし、本当に俺って幸運続きだ。
「知ってたけど、明良って、色気より食い気なんだね」
食べ終わった頃、聖凪さんはそう言って笑った。
「空が綺麗って言っても、スルーされて箸の方に食いついたし」
「! すみません!」
「いいよ。本当に明良って面白い」
笑いながら、今なら見れる? と空を指さす。そちらに目を向けると、丸い月が頭上で輝いていた。
「多分、明良が住んでたところよりは見えないと思うけど。街が明るいのにこれだけ綺麗って、月はすごいよね」
「綺麗です……」
地元の真っ暗な空にキラキラと輝く大粒の星も綺麗だけど、明るい空に溶けるように浮かんでいる月も綺麗だ。ここは繁華街で星があまり見えないから、余計に月が強調されている。
「俺、引っ越して来てから、空を見る余裕もなかったみたいです」
「毎日頑張ってたからね」
「はい……だからこそ、こうして綺麗なものを見てホッとする時間も必要だったんだなと気づきました」
一度立ち止まる方が、心に余裕が生まれる。そう思えた。
「じゃあ、月イチくらいで綺麗なものを見に出かけようか。海とか山とか」
「いいですねっ。俺、こっちに来たら行ってみたいとこがあったんです。湘南の海とか江ノ島とか、水族館とか動物園も気になってて」
「明良の行きたい順で行ってみようか。メモするから全部教えて」
聖凪さんは、俺が言う場所をスマホのメモアプリに書いてくれる。
「あっ、あと、あの……とあるテーマパークにも行ってみたいです」
有名な場所なのに、一度も行ったことがなかった。
地元は関東から遠かったし、じいちゃんとばあちゃんは興味がなさそうだった。高校卒業の時に友達と行こうと話していたけど、結局別のテーマパークに決まった。そこはそこで、すごく楽しかった。でもやっぱり、こっちにも一度は行ってみたい。聖凪さんはそういう場所苦手かな……。
「とあるテーマパークって、これのこと?」
「それですっ」
「なんで名前を呼んだらいけない場所みたいに言うの」
呼んだら現れそう、と笑う。聖凪さんはその場所のサイトを見ながら、何度か行ったことはあるけど、と呟いた。
「ここならロアが詳しいから、案内頼むかな」
「ロアさん?」
「さっきいた、紫の髪の奴」
「あっ、あの、笑顔が優しい美形の」
そう言ったら、聖凪さんは突然ムッとした顔をした。
「明良はああいう顔が好き?」
「え? はい、美形は普通に好きですけど」
「俺は初対面で気絶されて、次に会ったら怖がられたのに」
怖がってたのバレてたんだ……。そういえば俺、ご挨拶の品を抱き締めてめちゃくちゃ震えてたもんな。申し訳なかった。
「初対面は幽……不可抗力でしたし、二度目は派手な髪色に驚いたんです。地元じゃいなかったですし、聖凪さんもすごいイケメンだから、イケメンの真顔は怖かったんです」
すみませんと謝罪すると、聖凪さんは今度は嬉しそうに目を細めた。
「俺のこともイケメンと思ってくれてるならいいや」
「思ってますよ。どう見てもイケメンじゃないですか」
スウェット姿でもあんなにかっこいいのがイケメンじゃないなら何なんだ。理不尽にキレそうなくらいイケメンだと思っている。
「休みの日教えて。ロアとも合わせて日程決めるから」
聖凪さんは早速ロアさんに連絡してくれた。俺もカレンダーアプリを開いて、休みの日を伝える。結局全部聖凪さんにして貰ってて申し訳なかった。
「あいつらのことだけど、ロアは、バンドのリーダーでボーカル」
紹介は義務、とロアさんが言っていたなと思い出す。
「金髪がライト。ギター。黒髪がソラ。ドラム。ロア以外は本名をカタカナにして使ってる。俺もそのままカタカナでセナ」
そこまで話して、聖凪さんは口を閉ざした。……本当に紹介だけで終わった。
「えっと……もうちょっと聞きたいです。そうだ、ロアさんはハーフなんですか? 目が薄茶色で綺麗でした」
「そう。母親が北欧で、髪も地毛が瞳と同じ色だよ。本名は英字表記。あと……ソラは無口だけどいい奴で、こだわるところにはこだわるし意外と頑固。ライトは、うるさい」
ライトさんの紹介、雑すぎじゃありませんか……。でもそれだけ仲がいいってことかな。
もっと聞きたいけど、踏み込みすぎるのは迷惑かな……いや、今までのままじゃ、いつまで経っても聖凪さんとみなさんみたいに仲良くなれない気がする。
「……みなさんとは、どこで出逢ったか訊いてもいいですか?」
意を決して訊ねたのに、あっさりと答えは返ってきた。
「俺とソラは高一から同じクラスで、ロアとライトは二年の秋に学祭で。二人は隣の県の高校だったけど、俺とソラが学祭でバンド演奏した時に、たまたま来てたロアが俺とソラのことを気に入ったからって声をかけてきたんだ。で、そのままバンドを組んだ」
「高校の学祭でバンド……かっこよすぎじゃないですか?」
「高校生ならそんなに珍しくもないだろ?」
エントリーが多すぎて予選があったくらいだし、とサラッと言う。さすが都会の高校は違うなぁ……。
「まあ、最初は断ったけど。噂のこともあったし。でもロアは人を見る目はあるって言って聞かないし、ライトはバンドやろーぜ、しか言わないし……断る方が面倒だなって」
聖凪さんは眉間に皺を寄せて溜め息をついた。ライトさんは見たまま押しが強そうだけど、ロアさんも優しそうに見えて押しが強いらしい。
「でもそのおかげで俺は聖凪さんが楽器演奏してる姿を見られるんですね。ロアさんたちに感謝です」
送られてきたメッセージを開いて、共有された動画のサムネイルを見つめる。
「見ないの?」
「お風呂に入ってからゆっくりじっくり堪能します」
「そんな改まられると緊張するんだけど。じゃあ、そろそろ帰るか」
聖凪さんに続いて立ち上がる。時計を見たら、もう日付が変わっていた。
隣に並んで歩きながら、ふと思う。バイト終わりにこうして一緒に帰る人がいるって、すごく幸せなことだよなぁ……。
帰宅してお風呂上がりに動画を観た俺は、興奮が収まらなかった。
サイトに上がっているライブ動画を全部観た。雑談やショートもあって、それには聖凪さんとソラさんはほとんど出ていなかったけど、みなさんがどういう人なのかも、仲がいいのも伝わってきた。その後に寝る時間はあったのに、ドキドキして一睡もできなかった。
朝になってリビングに向かうと、聖凪さんがソファに座っていた。
「聖凪さん……観ました」
「そっか。ありがと。……もしかして徹夜した?」
目の下のクマがすごいと言われて、バイト前に少し仮眠しようと決めた。
「眠れなかったです。だって、ライブすごくかっこよかったですっ。何度も聴きましたっ。どの曲も上手でロアさんの力強いのに綺麗な歌声も聞き惚れますし、聖凪さんのベースに集中して聴いてたら体がこう、自然とリズムを刻んで……心身共に興奮して一睡もできませんでした」
一息に言い切る。
ちょっと気持ち悪かったかな……。心配になって聖凪さんを見ると、口元に手を当てていた。その耳元が赤くなっている。もしかして、照れてる?
「……ありがと」
んんっ……なんだろこれ、胸がぎゅうっとなる……嬉しいというか、叫び出したい感じだ。でも叫ぶわけにもいかず、ぎゅっと胸を押えて気持ちを落ち着けた。
「それと、驚いたんですけど、登録者が七千人もいるんですけど……」
「ああ。バンド仲間の中では少ない方」
「これで少ないんですかっ?」
基準が全く分からない。でも、みなさんくらいかっこよくて演奏も歌も上手いなら、数万規模でもおかしくない。
「うちは動画にそんなに力入れてないから」
「そういうものなんですね……」
よく分からないけど、動画に力を入れると登録者数が増えるのか。
「あの、みなさんに、プロへのお誘いは……」
「ロアが言うにはたまに来てるらしい」
「えっ?」
「でもみんな、アマチュアで自由気ままにやるのが楽しいって意見で一致してる。プロの世界で生き残れるかと言われたら正直難しいし、その覚悟もない。音楽だけをやって生きて行くには、みんな他にやりたいこともあるから」
……その気持ちは、俺にもよく分かる。
俺も高校でサッカーの大会に出た後に、スカウトを貰ったことがある。サッカーは好きだし、仕事にできたら嬉しいと思った。
でも、大学に入って留学するのが俺のやりたいことだったし、卒業してからも、サッカーだけに力を注いで生きていけるかと考えたら……急に怖くなった。
俺には、どうしてもその道で生きて行くという覚悟がない。才能もあるわけじゃない。それなのに努力もできなくなったら、どうしようもなくなる。そう考えたら、スカウトを受けることができなかった。
その後も何度か大会はあったけど、俺は受験勉強を理由に早めに引退した。志望校の合否判定がいまいち思わしくなかった以上に、ボールに触れるのが怖くなったからだ。
聖凪さんたちみたいに自由気ままにやるのが楽しいと思えれば良かったのに、妙なところで臆病になってしまった。
「……俺も、同じことを考えたことがあります」
そう言ったら、聖凪さんは知りたいと言ってくれた。俺が話す内容を真剣に聞いてくれて、最後まで話したら、何故か「だからか」と呟いた。
「好きだからこそ、ってあるよね。またやりたいと思えるようになったら教えて。俺、たまにバンド仲間とフットサルやってるから」
バンド仲間とフットサル……どうして聖凪さんはこう、突然インパクトの強い単語を突っ込んでくるんだろう。かっこいいことこの上ない。いや、都会だと普通なの?
「なんだか話したらすっきりしました。近いうちにお願いするかもしれません」
「ん。楽しみにしてる」
それは俺の台詞なのに、聖凪さんは本当に嬉しそうに目を細めた。

