極度の怖がりな俺、ド派手な先輩とルームシェアが決まる


 今どきは、隣人に引っ越しの挨拶をしない。
 そんな話も聞くけど、両親の仕事の都合で田舎のばあちゃん家で育った俺は、挨拶しないなんて出来なかった。
 だって、隣に誰が住んでるか分からないって不安じゃない? 俺だったら最初に挨拶くらいはして欲しい。

 だから俺は、怪しい者じゃないですよって伝えるために挨拶するんだ……って、都会の挨拶ってこんなに悩まないといけないとか、しんどい。ずっとド田舎に住んでたから、みんな親戚みたいな感じだったもんなぁ……。

 大学進学を機に、東京で独り暮らしをすることにした。じいちゃんとばあちゃんと、近所の人にも心配されたけど、俺だってやれば出来るんだ。

「鴫野、さん……」

 これ、なんて読むんだ? カモノ……?
 表札をジッと見ていたら、中から鍵の開く音がした。やばい、と思った時には扉は開いてしまう。

「あのっ、俺っ、怪しい者じゃっ……」

 間違えた! 隣に越して来ました、って言うんだった!
 しかも隣人は、黒髪に鮮やかな赤いメッシュが入ったド派手な男性だった。いや、都会だとこのくらい普通なの? 真ん中で分けたサラサラの前髪。顔が隠れてても分かる。この人、すごいイケメンだ。それに、ゆるっとしたデザインのオシャレな服を着ている。パーカーでご挨拶に来たのが申し訳なく思えた。でもなんか……イケメンの真顔って怖い!

「あれ? お前、あの時の」
「え?」

 あの時? どの時? 俺、この人に何か迷惑かけたことある? 思わずご挨拶の品を胸元にぎゅっと抱き締めてしまう。
 俺みたいなどこにでもいる平凡な一般人を覚えてるなんて、俺は一体何をしたんだ!?
 てっきり怒鳴られるかと思ったら、目の前の男性は、何故か心配そうに俺を見た。

「もしかして、隣に引っ越してきた?」
「えっ……はっ、はいっ……!」

 怒られなかった!!
 見た目が派手なだけで、怖い人じゃなかった!

「大丈夫なの? その部屋、事故物件だけど」
「じ、こ……」

 ヒュッと身が竦んだ。
 事故物件? お店の人に案内して貰った時にそんなの聞いてない。もしかして、聞かなきゃ教えて貰えないの?

「あっ、あのっ、それっ……」

 恐怖のあまり上手くしゃべれない。俺はこの世の何よりも幽霊が怖い。というよりホラー系全般が無理だ。それに関連することも、とにかく怖い話は無理。それなのに、ここが……。

「前の住人からも色々聞いたし、その部屋はやめた方がいいと思うけど」

 本当ですよね!?
 色々って何? と聞く勇気はない。でも今から引っ越すお金もないし、契約し直すのもお金いるのかな……昨日引っ越して来たばかりなんだけど……。このアパート、大学からもバイト先からも近くて便利だから別の部屋空いてないのかな……っていうか、それまでこの部屋に住む勇気ないよっ……。

「解約して、うちに来る?」
「へ? あっ……おっ、お願いしますっ!!」

 地獄に垂らされた蜘蛛の糸のごとく、俺は目の前の男性の提案に、必死に食らい付いたのだった。


◇◇◇


「落ち着いた?」
「はい……」

 顔色が真っ青だと言われて、派手な男性は俺を部屋に招いて、温かい紅茶を出してくれた。怖いとか思ってごめんなさい。すごくいい人だった。

「ご迷惑をおかけしました……それに、出かけるところだったんですよね」
「別にいいよ。コンビニに行こうとしただけだったし」

 さらりと言って、空になったカップにおかわりを注いでくれる。オシャレなガラスのポットで、なんだか丁寧な暮らしをしてる人なんだなと思った。

「あの、俺、由井 明良(ゆい あきら)と言います。隣に……引っ越して来ました」

 名乗ろうと思ったらずっと考えていた文面を言ってしまう。引っ越して来ちゃったけど、これからどうしよう……。

「俺は、鴫野 聖凪(しぎの せな)

 カモノじゃなくて、シギノさん。シギノさん……頑張って覚えよう。それにしても、セナさんってかっこいい名前だなぁ。

「気絶するくらい怖いもの苦手なのに、部屋のこと確認しなかったんだ」
「はい……そうだったらサイトに書いてあるか、お店の人が教えてくれるものと……」
「そんな親切じゃないって。あっちは持ってる部屋を捌きたいんだし。それによっぽどの物好きじゃなきゃ、サイトに書いてたら契約する奴いないだろ?」
「ごもっともです……」

 騙されたわけじゃないから、余計にこの気持ちの持って行きどころがない。

「そういう丁寧な話し方、珍しいな」
「そうですか? 祖父母と暮らしていたからかもしれません」
「そっか、それで」

 何故か鴫野さんは俺をジッと見つめる。

「ひとまず、今日明日くらいで使うやつをこっちに持って来なよ。ついて行くから」
「ありがとうございますっ……大変ご迷惑をおかけしますっ……」

 見ず知らずの俺を助けてくれるなんて、なんて親切な人なんだ……都会の人は怖いと思ってたけど、すごい偏見だった。申し訳ない。

 鴫野さんに見守られながら、生活に必要なものをリュックに詰めた。
 入学式は来週だから、スーツは置いたままにしておこう。教科書もまだないし、意外と身軽だった。布団を持って行こうとしたら、来客用を貸してくれると言う。どこまで親切なんだろう。せめて枕だけはと抱えて部屋を出ようとしたら、ラッコみたいだと笑われた。
 その後は、鴫野さんのお出かけを邪魔したお詫びに、荷物持ちとしてコンビニにお供した。

「あのっ、荷物をっ」
「持つほどじゃないって」
「でも……」
「じゃあ、お願い」

 弁当とペットボトルが入ったコンビニの袋を渡されて、両手でしっかりと持った。するとまたラッコみたいだと笑われる。鴫野さんってけっこう笑う人なんだな。
 帰り際に話したところ、鴫野さんは、俺と同じ大学に通っているという。今は三年生で、経済学部らしい。理系科目が苦手な俺からすると尊敬しかない。

 ちなみに俺は文学部の英文学科で、在学中に留学するのが目標だ。そのために高校でもバイトをしていたし、こっちでは時給のいい居酒屋のバイトに応募しようと思ってる。思ってるんだけど……部屋、どうしよう……。


◇◇◇


 コンビニ弁当を食べ終えた鴫野さんは、すぐ戻る、と言って出かけてしまった。

「初対面の人間を独りにしていいのかな……」

 バッグも置いたままだし、パソコンも机の上にある。俺がそれを持って逃げるとは思わないのかな? 平和な田舎育ちの俺でさえ心配になる。

「ひとまず、新しい部屋を探さないと……」

 今度こそ内見の前に、事故物件じゃないかを確かめよう。色々な会社のサイトを見ていると、鴫野さんが帰って来た。

「大家さんに相談したら、隣にあるマンションが一部屋空いてるって。そこも大家さんの持ち物らしいよ」
「えっ、わざわざ相談に行ってくれたんですかっ?」

 本当にどこまで親切な人なのだろう。間取りの紙まで持って来てくれて、二枚目には契約に関する詳細まで書かれていた。

「あ……でも、ここ、ちょっと広すぎるかなと……」

 リビングの他に二部屋ある。それにアパートじゃなくてマンションだし、マンションにしては安いんだろうけど、家賃が二倍近くするのはさすがに無理だ。

「二人で住むんだし、広すぎることはなくない?」
「え?」
「ん?」
「あの、二人って?」
「俺と住むって言ってただろ?」
「……あの、いつですか?」
「さっき。解約してうちに来るって」

 解約して……えっ、それってそういう意味?
 親切な人には違いないんだけど、これって何か裏があると思った方がいいのかな?

「お前、極度の怖がりだろ? それなら独りより、二人の方が良くない?」
「それは……確かに……」
「家賃と光熱費も二人の方が安くなるし」
「ごもっともです……」

 それにそのマンションの方がオートロックもあるし、防犯面もいい。このアパートはじいちゃんとばあちゃん、心配してたもんな……。

「それに俺、幽霊とか寄り付かない体質って言われたことある」
「ぜひともルームシェアよろしくお願いいたしますっ!!」

 素晴らしいワードに突き動かされて、勢いのままにルームシェアを了承してしまった。

 その後はあまりに早かった。
 大家さんが憐れんでくれたそうで、その日の夕方には部屋の解約と契約手続きが完了した。といってもその全てを鴫野さんがしてくれた。翌日の昼には、鴫野さんのお友達がたくさん来てくれて、引っ越し作業を手伝ってくれた。俺の部屋にあった物も全て移してくれて……感謝してもしきれない。

「家具は、今度一緒に見に行こうか」
「何から何まで、本当にありがとうございます」

 布団よりベッドの方が上げ下げしなくていいから楽だと聞いた。大学になるとサークルやゼミの飲み会もあり、帰って来てそのまま寝落ちすることもよくあるらしい。デリバリーしたピザを食べながら、大学生らしい話題を色々聞かせて貰い、俺は新しい生活に胸を躍らせる。

 鴫野さんのおかげで新しい部屋も決まった。実は都会での暮らしが不安だったけど、先輩とルームシェアが出来るなんて……それも悪いものを寄せ付けない体質の人だなんて、俺ってとんでもない幸運じゃないか?

「お隣さんが鴫野さんで、本当に良かったです」
「本当にね。あまり他人を信用し過ぎるのはどうかと思うけど」

 鴫野さんは缶ビールを飲みながら、クスリと笑った。じいちゃんが時々飲んでいたのと同じ銘柄なのに、鴫野さんが持つとCMに出てる人みたいに見えた。
 俺も来年、二十歳になったら、鴫野さんと一緒に飲みたい。そう言ったら、真面目だねとまた笑われる。やっぱり鴫野さんはよく笑う人だった。

「まあ俺も引っ越しを考えてたし、ちょうどいいと思ったんだよ。放っておいて同じ大学の後輩が路頭に迷うのは寝覚めが悪いし」

 冗談めかして言うけど、鴫野さんは本当に優しい人なんだと思う。俺が田舎から出て来たばかりだって言ったから、心配してくれてるんだろうな。
 そういえば俺を知ってるっぽかったけど、こんなに派手な人なら俺も忘れるはずないし……でも本当に忘れてたら申し訳ないから、頑張って思い出そう。