恋のエンギ指導が本気(ガチ)すぎます!


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 そして──時は流れて、9月下旬。
 おれたち犀堂高校演劇部は、地区大会の本番を迎えていた。


「いよいよだな」


 開演前。舞台袖には、準備を終えた全員が円陣を組む。

 衣装に身を包んだ役者陣たち。
 この夏、みんなで駆け抜けてきた。

「後悔のないようにやり切ろう。おれたちなら──今年は、きっといける」

 一人一人としっかり目を合わせながら、おれは想いを言葉に載せた。

「よしっ、行こう!」

「最高の舞台にしよう!」

「オレたちの本気をぶつけましょう!」

 口々に上がる声。発言しない部員だって、瞳は意欲の炎で燃えている。

 ──もちろん、詩希も。

「…………」

「…………」

 おれたちは、無言で数秒間、視線を交わした。
 会話なんてなくても、おれにはその声が聞こえる。

 『ぶちかましてやんぞ』って。
 『俺たちの舞台で、客席を感動の笑顔でいっぱいにするぞ』って。


「さあ──開演だ」


 広い会場に、始まりを告げるブザーが鳴り響いた。




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「あ、見て。モミジの葉っぱ、色変わってきてるよ。いつの間にか秋なんだなぁ。ついこの間までまだ暑かったのに」

 大通りを歩きながら、おれは並木を指さした。
 隣では詩希が「んー」とそっけない反応だ。毎度のことなので気にしないけど。


 10月。部活終わりの帰り道。

 犀堂高校演劇部は、地区大会を通過し、念願の10年ぶりになる都大会進出を果たした。

 でも、役者は一部変更になる。
 受験のスケジュールを考えるとどうしても厳しいと、ながやん先輩は地区大会で引退した。彼の役は淳巳が兼ねで引き継ぐ。
 そして主役のタケル。都大会で演じるのは、予定通りるー先輩だ。
 詩希は出ない。
 部員からはながやん先輩の役で出ればいいじゃないかという声が上がったけど、詩希は断った。

「部のみんな、今日も詩希の話してたよ。少しだけでも出てくれたらいいのになって」

 一緒に帰っているのは、詩希が教室で昼寝しながら待っていてくれたからだ。地区大会以降、彼が部活に顔を出したこともない。

「まだ言ってんのか。しつこい連中だな」

「……おれもまだ、未練はあるんだけど」

(ほんとに、どんな形でもいいから関わってほしかったな。もっと、詩希と一緒に部の活動がしてみたかった)

 押し付けるつもりはないけど、それが正直な気持ちだ。

「俺にはないから、もういい」

「え?」

(ないって……未練が、ってこと?)

「助っ人を受けたのは、未練からだったんだ?」

「……多分、それもあった」

 正面を見たまま、詩希はとうとうと話し始めた。

「やたらまっすぐなおまえにちょっと興味わいたのと、からかったら面白そうだなってくらいの気持ちだった。でも、おまえはマジ演劇バカだったし、熱いし……」

 瞳は目の前の景色ではなく、どこか遠くを見ている。
 きっと、二人で重ねてきた時間を思い出してるんだろう。慈しむような目だった。

「やってるうちに俺も楽しくなってきて、気づいた。もういいって思ってたつもりだったけど、やっぱ未練とか、やり残しがあったんだって」

 そこでちらっとこっちを見て、自嘲的な笑みを浮かべる。

「そもそも、何もなかったら部活決めの時、演劇部選んでないだろうし」

「やっぱり、適当なんかじゃなかったんだね」

「自分でもよくわかんねーけど、気づいたら演劇部って書いてたんだよ」

「そっか。じゃあおれは、その未練に感謝だなぁ」

 その眠る未練がなかったら、助っ人だって断られていたかもしれない。

「だから、もうねーけどな」

 ペタンコのカバンを持ったまま、詩希はグーッと大きな伸びをする。

「あの舞台演じ切って、満足した。7年前できなかったこと、全部やり切った。俳優やりたいって夢も、もう完全に過去だし」

「……そうなんだ」

(こんなにかっこよくて才能もあるのに。おれなんかどうしても、もったいないって思っちゃうけど……)

「──んだよ、その顔」

 凄むような眼差しが注がれる。

(やばっ……)

「あー……顔に出てた?」

「モロに。『かっこいいし才能あるのにもったいない』って?」

「……的確過ぎて怖いレベルです」

「安定でわかりやすいんだよ」

 コンッとおれの側頭部を小突いて、詩希は意地悪な笑みを唇に載せた。

「俺が俳優目指して、本当に人気俳優になってもいいわけ? そしたらおまえとは帰れなくなるけど」

「! そ、それは……」

 こうやって詩希の家までの道を一緒に歩き、そこからバスに乗る。それはもう、おれの日常だ。詩希の家にお邪魔する時もある。
 それがなくなるのは……寂しい。とても。

「アイドルとか女優と共演しまくって、キスシーンとかラブシーンもあるかもな」

「……!!」

「学校で会えることは滅多になくなって、テレビの中で他のやつと──」

「ごっ、ごめんなさいっ! もうもったいないなんて思わないから!」

(そんなの、絶対耐えられない!)

「だろ」

 心の叫びを聞いたかのように言って、詩希はするっとおれの腰を抱き寄せる。

「ラブシーンの相手はおまえだけでいい」

「……! ちょっ、詩希、ここ外……!」

「おまえがかわいいのが悪い」

「!!」

(だから、そういうのを外で言わないでって……!)

 あっという間に顔が熱を持ち、見なくても真っ赤だろうと予想がつく。
 でも詩希はそんなおれや周りなんてお構いなし。とても楽しそうだ。

「そーそー、その顔。おまえのそういう顔見るのも俺だけだから」

 耳元に口を寄せて──

「まだまだ初心者のおまえに、今度は俺がレッスンしてやらないとな。いろいろと」

 チュッと、艶めいた音が耳たぶの下のほうで響く。

「~~~~っ! だから、外なんだってばー!」

 詩希が指導役のレッスンは、かなり難易度が高そうだ──。





 ♦END♣